番外編 - 3:王様と笑う花(勇者キールside)
2015/02/16 08:36
page: / 13
「わははははははは」
「……るせぇ……」
「わぁっはははははははははは!」
「うるせえよっ!」
「わはは、だったらさっさと起きやがれ。ははっ」
今日も脳天気な笑い声に起される。
何故庭に植えたはずのこいつが毎朝部屋の中にいるのだろうか。
「わはははは、おーい、ボケッとしてねぇで早く着替えてメシ喰えよ」
「お、おお」
「わははは、寝癖ついてっぞ、おい」
「……」
「貴様、王に向かってもう少し口の利き方を……」
いつの間にやら着替えを用意しに来てくれていた従者が、ジラソレに文句を言っているが聞くような花じゃない。笑いながら知らん顔でゆれている。
「わはははは~。じゃあキール、今日もがんばれよ~」
「お前もな」
魔王の城から生きて帰ってもう一年半。
俺、キール・ルフファンタスは現マファル国王だ。
『そなたが王になれば良いではないか。良い王になれると思うぞ』
言われたとおりなってやったぜ、王様にな。
とはいえ、王様ってのは大変なのだな。ゆくゆくは王なんぞと名のつく者もいない国にしたい。別に自分に子が出来たとて継がせる気なんか更々ないし。
「またそんな格好で。もう少しこう、王らしく威厳を持っていただかないと」
前の王様が着てたような無駄にズルズルピカピカした服は好きじゃねぇ。だから動きやすさを重視して簡単な服を着てたら叱られる。
「見た目なんかどうでもいいんだよ。ってかさ、王様ってのは逆に庶民より簡素であってもいいと思うんだよ、俺は」
魔王だって思ってたより地味だったぞ?
「ふふ、そういう変らない所がいいんでしょうけどね、キールは。しかし王というのはいわば国の顔です。悪い面は真似しなくていいですが、もう少し言葉遣いや立ち居振る舞いを考えましょうか」
「わかってるよ、んなこと。でもさー、剣持って走り回ってた頃が懐かしくてな。一旦身に付いた習性ってのは抜けないんだよ」
「それはそうですけどね」
現在俺の周りで国の仕ことのあれやこれやを仕切っているのは、一緒に魔王城に行ってきた奴等だ。みんな雑兵上がりか寒村の出ばかりだが頭のいい奴も多かった。今では立派な服を着てバリバリ働いている。前王に仕えていた大臣たちの中でも古い慣習にとらわれず使えそうなのは残ってるが、本気で信頼出来るのは彼等だけだ。こうして口煩く言ってくれるのは、最後まで一緒だった剣士のロドル。一番頭が良く年長だった彼は今では参謀だ。
ここ一年ばっか大変だったさ、色々と。そりゃあもう。
もういっそ魔王に殺されておいたほうが絶対楽だったと思えるほどに。
僅かだが血も流れた、人に恨まれることもした。それでも何とかなったのは、魔王より託された馬鹿面で笑っている怪しい花のおかげなのかもしれない。
散々っぱら勇者だ何だと持ち上げておいたくせに、何も成せず帰ってきた俺たちを逆賊扱いで消そうとした前国王一派。
未だ人間側が全て正しく、魔族、魔王の真実を認めず、魔王のいいなりになるのを拒む者は王の近くにいた者に特に多く、俺たち帰還組とで激しく戦うこととなった。だが、この笑う花に随分と助けられ、血を流す者は最小限にとどめられた。
笑顔は戦意を削る。それは俺自身も身を持って知っている。
魔族は悪だと騒いでいた者も、ニコニコ笑ってるジラソレに囲まれてすっかりやる気を失ってしまった。
もっと以前に魔王や魔族に助けられたという人間もいて、この世界の真実を広めようと必死だが、長年常識として来たこと、信じていたことを覆すのは時間はかかろうし、簡単なことではないが、少しづつでも変っていけると信じている。
枯れた花から作った土を贈られた辺境は今、豊かに作物が実り、笑う国境によって魔物の侵入も減った。危険と飢えが減れば人は笑顔になれる。この植物魔人のように、魔王の城でみた小さな魔族の子供たちの様に。
俺はマファルでも特に端の方、夜になれば魔物に怯え、畑を耕しても作物も育たない痩せた土地で育った。物心ついた時からいつも飢え、ビクビクしながら生きて来たものだ。そしてそれは全て、人間を滅ぼそうとする魔王の仕業だと教えられ、信じて疑わなかった。
結構優しそうな感じだったな、魔王。無愛想ではあったが、あれだけ子供たちに囲まれてるって、いくら魔族でも怖い奴に子供は近寄らないだろう。
「幼稚園か……」
あんな風に小さいうちから色んなことを学ぶのは良いかもしれない。
作ろうか、この国にも。
学校は簡単なものはあるが、金持ちの一部の子供しか通わない。そこを全部の子供たちに通えるように解放することは前から考えてた。俺は馬鹿だ馬鹿だと散々言われて育ったが、子供のうちから少しでも何かを学ぶ機会があればもうちょっとマシだったかもしえれない。教師を出来る者がまだ少ないから手はつけられていないけど、子供がみんな学ぶ機会があれば、この世界の本当の姿も後世に教えていけるかもしれない。
もっと小さな子供たちだったら、子育てを終えた女や年寄りにも出来そうな気がする。昼間遊んでやれば、親は夫婦で短い時間であっても働ける。
あー、あのココナちゃんだったっけ? 魔王の一族らしいけど可愛かったな。すっごい美人ってわけじゃないけど、ずっと一緒にいられたらいいだろうなって感じだった。幼稚園の先生だって言ってたな。もういっぺん会いたいなぁ。
「……報告は以上です」
「んー」
「聞いておいでですか? 王」
すまん、聞いてなかった。
「なあロドル、幼稚園作ろうぜ」
「はぁ?」
「ほら、お前も見たじゃん。魔王の城に小さい子集めてさ、歌ったり踊ったり、畑やったりしてさ。楽しそうだったじゃないか」
あの時、食べさせてもらった芋の味は、今、城で出されるどんな料理よりも美味しかったと思う。
「子供は国の宝だからな。魔物に襲われる心配も減ったし、せめて小さな子供にくらい、いつもニコニコしてて欲しいじゃないか。あの花みたいにさ」
耳を澄ませば外から響いてくるわははという笑い声。俺を起しに来たジラソレは、いつの間にか外に出て畑の作業でも見守りに行ったんだろう。見守るだけで手伝いはしないがな。
最初はみんなうるさいやら、気持ち悪いと言っていたが、国民も随分と慣れて来たみたいだ。最近では普通に話しかける者も多い。
「よいかもしれませんね。では、どうやるのかを魔王様に訊かれては如何ですか? 真摯に教えを請えば拒まれはされますまい」
おおっ! それはいい考えかもしれない。
上手く行けばもう一度ココナちゃんに会えるかも!
「伝書鳥を飛ばせ」
魔王城からは二日で返事が来た。多分行きに一日半はかかってるから脅威の早さだ。
「数人見学に来るものを遣すがよい。迎えをやる」
よっしゃ~! そのお言葉を待ってたんだよ。
「俺もちょっくら行ってくるわ。後は大臣たちに任せるからヨロシク」
「え? 王自らお行きになるのですか?」
「勿論だ。ココナちゃんに会い……いやいや、魔王様が人間ごときを招いてくださるのだぞ? 俺が行って直に礼を尽くさねば」
「……最初の方の本心は聞かなかったことにしておきましょうか。そうですね、それは一理あります。他は如何しましょうか」
へへへ~。駄目って言われなかった。ロドルいい奴~。
「そうだな……同じくらいの小さい子も何人かと、先生になれそうな人間を二人ばかり選べ。無理強いはするな」
「はい」
わーい。何着て行こうかな~。お土産とかいるかな?
「わはははは、おい、何張り切ってるんだよ」
あ、ジラソレ戻ってきやがった。
「んー? 魔王様んとこ行くんだ。この国にも幼稚園作るんだよ」
「わはは。いいじゃねーか。オレも連れてってくれよ」
「……お前も? ひょっとして里帰りしたい?」
へえ。寿命自体は短いけど、種に記憶は蓄積されていくって言ってたな。寂しかったりするのかな、こいつも。
でもなんで他のジラソレと違って、こんなにコイツだけ俺に懐くってか世話焼くのかな。俺が撒いた種だから? オレンジの綺麗な色の種だった。 何かそれだけじゃない気がするのは気のせいかな?
「いいぜ。久しぶりにドドイルの空気を吸いたいだろ?」
三歳から五歳の子供三人と、子育てが終わって手が離れたばかりの女、産婆の助手をしていたという女と俺、護衛としてジラソレでドドイルに行くことになった。
迎えって……あの魔王の横にいた銀色天使が突然現れたと思ったら、庭に出ろと言われ、そこになんか巨大な丸い印が現れたんだけども。
「魔王様の転移陣です。そこにみんなで乗るがいい」
そういや、コイツ魔王と俺をうっちゃって目の前でココナちゃんとイチャイチャしてやがった……宰相だとか言ってたよな。あーそうかー。ココナちゃん相手いるんじゃんか~! なんかここに来て致命的な間違いに気がついて少々ヘコむ。
「子供も一緒ですか。それは楽しみですね。一緒に遊びましょうね」
「あーい!」
子供と女は魔族に怯えるかと思ったが、無駄に綺麗な天使ににっこり微笑まれて怖がるどころか嬉しそうだ。
転移陣とやらに乗る寸前、魔王城の宰相に聞いてみた。
「なあ、ココナちゃん元気?」
「それはもう。元気に子供を追いかけて走り回っておいでですよ」
そっか。元気ならいいんだ。これから会えるし。
「ココナさんのジラソレも一緒に行くのですね。コイツは幼稚園の畑に最初にココナさんが植えたジラソレなんですよ。何度か代替わりはしてますが、記憶は残っています。貴方がよい国を作れるよう助けてやってくれと願をかけておいででしたから。役にたったでしょう?」
ああ……そうだったのか。
だからか。コイツが俺にだけ世話を焼くのは。俺、ずっとココナちゃんに世話焼かれてたのと同じだったのか。
ってかさぁ、みんな同じにみえるんだけど、一目見て種までわかんの? こええ……この天使、魔王よりこええ……。
「わはははは、早く行こうぜ!」
そっか、帰ろうなお前の生まれ故郷にさ。色々助けてくれてありがとうな。
どんな楽しいことがあるんだろうな。色々学んで帰って来られるといいな。
そして、いつかこの国を笑顔でいっぱいにするんだ。
わははって笑う花の声だけでなく、子供たちの笑い声でいっぱいに。
魔王様みたいになれるかな、俺。
page: / 13