閑話 - 魔王はかく語りき(魔王様side)
2015/02/10 11:46
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私は驚き、戸惑っている。
自分は一途な男だと思っていた。
周囲は妻が死んだその日から、ユーリに新しい母親をと常に勧めて来た。魔王に連れ合いがいないと言うのも問題だという意見も頷ける。
父は例外であって、先々代までは後宮とまでは行かぬが、正妃の他に何人かの妻を囲うのが普通であったと聞く。それ故、産みの母を知りようも無い歴代の魔王であっても、育ての母が必ずいる状態であったと。
だが先代の王、父は一途だった。生涯ただ一人を愛し、幸いなことに先に魔王の素質を持たずに生まれた姉を儲け、短いながらも普通の家族と同じ幸せな時期を過ごした。そして例に漏れず私を産んで母は亡くなった。その後も父は後妻を娶ることも無く私に代を譲って母の元へ旅立った。
別に父を見習うつもりでは無いのだが、愛する人を不幸にするくらいなら、もう二度と女を愛することなど無い、そう心に決めていたはずなのに。
彼女を見た瞬間にあっさりその覚悟は崩れた。
ユーリが次元の壁を破って飛び出した時、彼女はその身を張って守ろうとしてくれた。
人間がだ。
私は人間は嫌いだ。
姿形だけは天にいるものや私達高位の魔族と一番にているくせに、空も飛べない、寿命が短い、何の特別な力も持たぬ。自分勝手で他の種族はその姿形だけで悪だと決め付け、自分達が一番正しいと思っている傲慢さ。そのくせ、気になる種族だと思う。
私は今までに何度も他の次元の人間の様子を見に行った事があった。
元々人の住む中の世界とこの世界は繋がりが無いわけではない。我等が魔族に近い者達は中の世界の隅に追われ、その最後の住処である闇ですら人間は消し去り、逃げ場を無くした仲間達はこの世界に逃げてきたのだ。私のようなまだ百二十年しか生きていない若輩の者であっても、その間にも沢山の者がここに来たのを見ている。
魔族を追い詰めた違う世界の人間というものをこの目で見てやろうと、こっそり抜け出しては見ていたのだ。同じ目の色、髪の色の者の住む国。向こうでは幸いなことに私は目立たなかったからな。
丁度今回ユーリが開けた穴は、かつて私が抜け出すのに使っていた穴と同じ場所であった。ユーリには内緒にしておくが、恐らく私がかつて開けてしまった穴の部分が薄かったということだろう。塞いだつもりだったのだが甘かったみたいだ。
最後に覗いたときは、七十年ほど前だろうか。人の世はまだ戦乱の真っ只中だった。
空に舞う鳥でも竜でも無いものから何か降ってきて、轟音と共に建物を焼き、人が沢山死んでいく様は、見るに耐えない光景だった。魔法を持たぬ人の手が作り出す武器は恐ろしく、あちこちで血が流れ、大人も子供も無く死んでゆく。手は出してはいけないので見るだけに留まったが……何故同じ人間同士であのような殺し合いをするのか理解に苦しみ、もう覗くのをやめた。
そして先日見た時には、同じ場所と思えぬほど平和で豊かな世界に驚いたが、鉄の箱の様な乗り物が走り回っていて、人は心話や伝書鳥を使わなくとも何かの道具で遠方の者と話をしているという、よくもこの短期間にここまで進んだものだと感心した。
ユーリはまだ幼いが、多分あの乗り物にぶつかられた位では怪我もしないだろう。飛んで逃れることも出来る。だが、見た目はあの世界の子供と大差ない。故に庇って入ってくれたのであろうが。
自分の命を顧みず、子供を救おうとした彼女に心打たれただけでは無い。その儚げな小さな体、くせの無い髪、大きな眼、何もかもが似ていたのだ。
かつてただ一人と思い愛した人に。
気がつけば必死になって彼女の命を繋ごうとしていた。
あちらの世では死んだ者として片付くので、こちらに連れ帰ったこと自体はそう問題は無いのだが、魔王の血を分け与える事は、実は禁忌。
この血には創世の世からの秘密が刻まれており、その力の源を誰かに与える事は世の理に反すること。魔王という立場は、複雑に入り乱れた世界を創造されたときに建てられた柱の一つ。天界の柱と共に全ての世界の均衡を保つためにあるのだ。
この世の小さな国の王というだけの立場では無いのだ。故に常に在らねばならない。どうしても子を成せなかった場合にのみ、同じ一族を増やすための最後の手段。吸血鬼が眷属を増やすのとはワケが違うのだ。
流石にウリエノイルですらその事は知らなかったようだが、今後も秘密にしておこうと思う。幸い、私には次の代を託せるユーリが既にいる。打倒魔王を掲げるこの世界の人間の王あたりに知られて彼女を悪用されない限り、問題は無いだろう。
やってしまった事は仕方が無いしな。無事に彼女は生き返った事だし、
ああ、その声。その笑顔。
もうあの憎むべき人間でない、しかも自分と同じ黒い髪に黒い眼。そう思うと何もかもが愛おしい。
子供が好きだというのも彼女の美点の一つだと思う。私も子供が大好きだ。叶う事なら十人ぐらい子供が欲しかったほどだ。
子供は育てるのは大変だが、その苦労以上に可愛い。なぜあのように可愛いのだろう。純粋で無垢で、手を差し伸べずにはいられない。我が子ともなれば尚更の事。良く親馬鹿だなどと言われるが、呆れられてもユーリはこの世で一番可愛いのだ。
彼女はそんな私に呆れるどころか、良い父親だと言ってくれる。その一言はとても嬉しい。
ああ、今は亡きユリレアよ。私は薄情な男だろうか。
君は体が弱かったのに覚悟を決めて子をもうけた。私の事は早く忘れて新しい恋をしてくれと言ってくれたけれど、忘れるつもりなど無いと誓ったのに。
「まだ枯れていない男が、一人で子供を育てるなんて駄目ですわ」
何度も何度も君はそう言った。
私はまだ枯れていないのだろうか。
柔らかな金の髪のユリレアの顔を思い浮かべるはずが、この頃は黒い髪の歳よりも幼く見えるココナさんの顔にすりかわる。
沢山のドレスを作らせたけれど、ユリレアは高位の魔族にありながら、線の細い小柄な女性だったから、誰も袖を通すことも無く仕舞ってあったけれど、ココナさんはサイズまでぴったりだった。
ウリエノイルが言った。
「魔王様はココナさんを亡き王妃の身代わりとして見ておいでなのです」
私はユリレアの面影を、彼女に重ねているだけなのだろうか。
これは本当の愛では無いのだろうか?
ウリエノイルもココナさんの事を特別に思っているのは知っている。同じ年に生まれ、物心つく前からの無二の親友が誰かを愛したとなれば、祝福し、その想いを遂げさせてやりたいとも思う。
兄妹の様に育った同じ天使の血を引くいとこのユリレアを、ウリエノイルから奪ったのは他の誰でも無いこの私だ。あの時は先代の魔王が決め、本人も納得の上の事だったので逆らいようの無い運命を受け入れただろうが、その上今度はココナさんまでとなると、きっともう私達の友情も終わるだろう。
他に共にこの国だけでなく、この世の全てを任せられる者はいないのだが、それでも……。
諦めきれない私はどうすればいい。
私は魔王。私が求めれば、多少強引でも誰も咎めはしないし、欲しいものは確実に手に入れられるだろう。卑怯ではあろうが、私以外の男に目を向ける事も無いようにする事だって出来る。
ココナさんには少し大袈裟に言ってみたが、例え万が一私の子を儲ける事があったとしても、今度は大丈夫なのはわかっている。もう次期魔王のユーリがいる以上、それを凌ぐ力を持つ子が出来無い限りは。先代も先々代も普通の子を儲けて来た。姉がそうであるように。ずっと前から続いて来たこの血は、ただ一人にのみ受け継がれれば良いのだから。それに彼女は元人間とはいえ、黒髪・黒目という魔王の血を引く者。強い力を持っている。
姉上もココナさんを認めてくれて、早く身を固めろとしつこく言っていたしな。ああ見えて私の相手には煩い姉上がだ。
だが怖いのだ。万が一何かあった時が。
もう二度と愛する人を失いたくは無いのだ。
ああ、ココナさん。
私はどうすれば良いのだろう。
思い切って心の内を明かしてしまったけれど、先に進む一歩を踏み出せないこの情けない男など、きっと嫌いだろうな。
こうして今日も悶々とした夜を過ごすのだ。
抱きしめすぎたのか、すっかりくたびれてしまったユーリのぬいぐるみ、そろそろ新調して返さないとマズイかな……。
それに、そろそろ勇者が来そうな予感。
魔王が恋に悩んでいる場合でもなさそうな気もしなくも無い。
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