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番外編 - 5:楽しい初遠足

2015/02/16 09:13

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 はじめての遠足。

 それは子供にとっても親にとっても一大行ことである。

 子供はわくわくドキドキ。親はハラハラ大変。

 特にお母さんは、お弁当何にしようかしら、お友たちも先生も見るし、少しくらいはいいもの持たせてやりたいわよねぇ……とかも悩むそうだ。私の母が昔そう言っていた。その他にも、靴ズレしないだろうか、はぐれず帰って来るだろうか、転んで怪我をしないだろうか、途中で汚して着替えが……など心配は数知れず。

 私が知っている日本でもそうだったのだ。その上、ここは魔界である。

 お城(幼稚園)や町の外は危険がいっぱい。

 下の森の木はうねうね常に蠢いてるし、何人も食べられたという噂も聞く。森の中の沼は何とも形容しがたい色をしていて、ボコボコとおかしなガスを出してるらしいし、不気味な魔物もいっぱいいるんだとか。まあ、途中は通園バス(ルウラ)に乗って危ないところは飛ばすからいいとして。

 私も先生として初の遠足。緊張しますっ! 迷子を出したら大変だし、責任に胃が痛くなりそう。

 今回職員一同で話し合いの結果、行き先として決定した目的地は「ババムの丘」というところ。いつもお給食でいただいているミルクやお肉の産地。つまり牧場。食育もかねてて安全で良いと私も思う。

「動物と触れ合うのも楽しかろう。百年ぶりだが楽しいところだ」

 魔王様もご推薦です。伝書鳥で訪問日時を伝えていただきました。

 さて。少し遠足を前にトラブルもあったものの、予定通りの日に遠足に行くことになりました。心配したお天気も上々。

 ルウラの発着バルコニーで最後の確認。

「お弁当持ってきましたかぁ?」
「あいっ!」
「水筒は持ってますか?」
「はい!」
「動きやすい格好ですか?」
「あーい!」

 リュックを背負った子供たちは元気いっぱい、朝からニコニコです。

 ちなみにおやつは厨房スタッフ(給食のおじさん)からの差し入れです。三百円までとかは言いません。現地でも乳搾り体験もあるそうだし、美味しいものもありそうだよ。

 点呼の後、二匹のルウラに園児二十九名とメイア先生が分乗。

「あの、私とマーム先生はどこに乗ったら?」

 園児が増えたので既にいっぱいです。一匹には巨人族のよっくんも乗ってるのでみっちりだ。スミレ組担任のウリちゃん、農業指導員エイジ君は自力で飛んでいくとして。

「別の乗り物を出す。流石に飛べるものも疲れるので乗って行くがいい」

 そういえばウリエノイル閣下とエイジ農業大臣は出発前なのにかなりヘロヘロですしね。理由は申しませんが二人は今朝まで寝込んでいた。その分魔王様がぴちぴちしておいでです。

「カラコルですか?」
「うむ。最近使ってやっていないので拗ねておったから良い機会だ」

 ウリちゃんは当然どんな乗り物か知ってるんだね。王家専用リムジンみたいなものだろうか。でもやはり生き物系ではあるようだが。

 バルコニーの端に立った魔王様がひゅーと口笛を吹かれると、すぐさま何か黒いものが超高速で飛んでくるのが見えた。

 馬車……じゃないね。何人も乗れそうな屋根のない荷台部分は限りなく豪華な馬車だが、引いてるのは翼の生えた黒光りする巨大な……。

「かたつむり?」
「カラコルです。恐らく世界で最速の生き物です。硬い殻で身を守れるので敵襲があった時も安心です」

 ……そうですか。私の知っているカタツムリさんはゆったりのんびり動く這う生き物でしたが、最速で飛ぶんですね。そもそもルウラですら本気を出したらマッハで飛ぶというのに、それより早いんですね。

「さあ、乗りなさい。早く出発しないと子供たちがウズウズしている」

 それもそうですね。ではお言葉に甘えまして。


 僅か三十分ほどで着いたけど……何かもう髪も口もカラカラって感じ。流石は王室専用で、美しい刺繍の布張りのシートは座り心地は最高だった。誰がどの位置に座るかで若干揉めてたけど、五人も大人が乗っても狭く無かったし。だが幌がないので風がハンパない。きっととんでもない顔になってただろう。帰りはぜひ後ろを向いて乗る方の席に座りたい。子供たちもよく普通に風に晒されて毎日ルウラに乗ってるもんだ。

 気を取り直して、着陸した高原地帯を見渡す。

 ドドイル王国の端の方、ババムの丘は高原。なだらかに広がる牧草地は薄い蛍光っぽい黄緑、遠くには所々こんもりした赤紫の森も赤い池も見える。色はともかく、とっても長閑でいいところ。草原の中の白い小石の道もいい感じだね。

 ここからはちょっとだけ徒歩で牧場を目指しますよ。

「みんな、いますか~? 誰も落っこちてませんか?」
「あーい!」
「じゃあ、ひまわりさん、バラさん、スミレさんに分かれて二列に並びますよ。園長先生の後ろをついて歩いてね」

 引率、魔王様。担任と補助が横と後ろで子供を見ながら歩きます。

 高原の野道。風はそよそよ、お日さまぽかぽか。小鳥がぎゃっぎゃぐあー。道の横では野の草花がうねうね。お手てを繋いで二列に並んだ子供の足音はぺたぺたてけてけ。うん、平和だね~。

「ボーボおっきいかな?」
「いちゅ、おべんと食べりゅにょかにゃ?」

 子供たちはとても楽しそう。大人も嬉しいのか、若干先頭の魔王様の足取りがスキップに見えるのは気のせいだと信じたい。

 気がつくと誰からともなくお歌がはじまり、最後には園児全員が歌い始めた。遠足を前に教えたピクニックの歌。

「おーきくつよくなるぅ♪」

 上手だねぇ。ご機嫌にお歌を唄いつつ、お手てをふりふり歩く子供たち。

「いい天気で良かったですね」

 お。珍しくだらーっと元気の無かったウリちゃんが復活したようです。どうでもいいですが、みんないるので手を繋ぐのはやめましょうか。

「これが二人っきりのデートだったら良かったですねぇ」
「それはまた違う機会にね」

 空気もいいし、景色もいいので開放的な気持ちになるのはわかるけどね。

「せんせー、おあにゃ、どじょ!」
「わあ、ありがとう」

 ひまわり組に今年入って来たりんちゃんことリンブル君は人っぽい上半身に体が馬というケンタウロスみたいな元気いっぱいの男の子。三歳になったばかりで駆けっこが得意。そのりんちゃんがちっちゃな手で紫色の可愛い花をくれた。

 それを見ていたウリちゃんはちょっと微妙な顔をしている。

「ココナさん、それ、捨てましょうか」
「なんで? 折角くれたのに」

 まさか子供相手にヤキモチ……じゃなかったっ! 突然花の茎がにゅるんと伸びたと思うと、腕にぐるぐると巻きついて来た。先っぽの紫の花が大きくなってかぱっと口を開いたと思うと、べろっと長い舌を出して顔面を思いきり舐められた。

「ひいいいいいいぃ!」

「舐められるだけで他に害はないですが、気持ち悪いでしょう?」
「とってっ、とってえええぇ!」

 この顔に蜂蜜を塗られてるみたいなベタベタ感! 臭くはないけど。

 ほらね、と呟いてウリちゃんが触ると、ほろっと灰みたいになって落ちた。

「みなさん、むやみに花や虫をとらないようにしましょうね。ベタベタになったり噛まれたりしますからね」
「あーい!」

 ウリちゃん、そういう注意事項は出発前に言っておきましょう。


 今日お世話になる牧場に到着。ボーボという家畜のミルクがいつも飲んでるやつらしい。もっと奇抜な生き物だったらどうしようと思っていたが、角が額に一本なのと真っ白に水色の水玉の毛意外は限りなく牛だったので安心した。

「んぼぉ~」

 鳴き声からのネーミングなんだね。

「ボーボたん、いつもおいちいミルク、ありあとごじゃいましゅ」

 ユーリちゃんがぺこりとお辞儀をしてボーボにご挨拶している。

「むわぉおおお~」

 ヘンテコな声を上げてるでかい毛玉みたいなのがムワムワ。顔も手足も確認出来ないが、羊のようなものだろう。コロコロと牧草地を転げまわっている。触らせてもらったらふわっふわで超気持ちよかった。毛を刈って布用の糸にしたり、お肉も食べられるんだって。この限りなく球体の生き物の毛を刈ったら中身はどうなってるのか……。

 その他、お城でもお馴染みのポジョもコケコケいいながら走り回っている。

「ボーボのお乳搾りを見学したら、お弁当を食べて、自由時間にします」

 さて、子供たちは初乳搾り体験。私も初めてですっ。すごく大人しいというボーボママを二頭選んでもらいました。

「こう優しくね」

 優しそうなカエルに似た顔の牧場のおじさんがお手本を見せてくれた。

 受けたバケツにじゅぼってミルクが。おお、黄色いけどしばらくすると白になるんだね。

「こう?」

 おっかなびっくり火竜のくーちゃんが一番手。手が小さいからかぽたぽたとしか出なかった。

「おっぱいからっぽ?」
「そんなことないよ」

 スミレ組の風竜のあきちゃんがやると、ちゅーっとひやむぎくらいの細さで出た。流石はもうすぐ六歳のお兄さんだ。

「あきちゃん上手!」
「おお~!」

 歓声にもう一頭の方の組を見ると、よっ君が大きな手で危なげなく搾っている。うどんくらいの太さでじゅぼー。でっかいので見学に来た幼児じゃなくて牧場スタッフに見えなくもない。

「見事だな。ウチで働かんか?」

 おじさんもご機嫌ですね。でもまだ四歳なので……。

「わあ、にーたんしゅごーい!」

 エイジ君が子供に混じって張り切っている。手つきは既にプロだ。

「学校に酪農科の乳牛がいましたからね」

 ウサギ当番ならぬ、牛当番があったとか。奥が深いな農業高校。

「ぜひウチに!」

 ……牧場、魔界でも人手不足なんですね……。

「うんちょっ」

 ユーリちゃんも一生懸命。ぽとぽとっとだけど出たね。良かったね。

「おとうたま、ミルクでたぉ」
「そうか。良かったな」
「おっぱいって温かくて気持ちいいにぇ。おとうたまも触ってみる?」
「触るならあんな大きな乳でなくて普通の大きさがよいな」

 ……微笑ましい親子の会話なんですが、微妙に魔王様が不穏なことを仰っているように聞えるのは気のせいですか? 気のせいですね。

「乳搾りさせてください」

 冗談だろうが何故かバケツを持って笑顔で私の方に来たスミレ組担任には、笑顔で裏拳をお見舞いして差し上げた。出ません!


 楽しく乳搾りした後は、草の上でお弁当タイムです。

「おてて洗った?」
「あーい!」

 遠足で一番楽しい時間かもしれないね。

 みんな個性的なお弁当。狼族のみぃちゃんはお肉の塊ですか。ワイルドですねママ。てんちゃんやキキちゃんはゼリーみたいに固めた血。ユーリちゃんに魔王さま、ウリちゃん、エイジ君、私はお城のシェフが作ってくれたお弁当。おおっ、よっくんのお弁当大きいなぁ。

「あっ!」

 リュックの中を覗いて、くーちゃんが声を上げた。

「どうしたの?」
「お弁当……わしゅれた」

 わあ、大変だ! 真っ赤な目にみるみる涙が溜まってく。

「かーたん、早起きしてちゅくってくれたのに……」
「にゃかにゃいれ。大丈夫だぉ。いっちょ食べよう?」

 私が声をかける前に、ユーリちゃんが駆けつけた。おお、ユーリちゃん!

 魔王様もうんうんって頷いてますね。いい子に育ってますね、王子様。

「沢山持たせてもらったから。ほら、分けっこして食べようね」

 くーちゃんはユーリちゃんと並んでご機嫌でお昼ご飯を食べた。朝早起きして折角作ってくれたお母さんには、後でゴメンねって言おうね。

 お弁当の後、少し休憩を……って、じっとしてませんね、子供たち! 終わった子からもう既に走り回ってます。遠くに行かない、牧場の敷地の柵からは絶対に出ない、わからないものには触らない約束で自由時間です。

「おーい、誰かこれ手伝って」

 何かをしゃかしゃか振りながら、エイジ君が子供たちに声を掛けている。ビン? 中身はさっき搾ったミルクかな?

「乳を味見させてもらったら脂肪の割合が牛乳と同じ感じだったんで、実験ですよ。バターを作るんです」

 わぁ、面白そう。

 それぞれビンを渡されて、踊るみたいに振る子供たち。

「中身が分離するまで振って振って振りまくります!」
「うりゃああ!」
「まだまだっ!」

 男の子たちは格闘技の師匠と弟子みたいになってるね。

「勝負だウリエノイル」
「面白うございますね」

 魔王様とウリちゃんは手が見えません。一瞬でバターが出来た二人でした。勝負はどっちが勝ちともいえませんね。

 そよそよ風の吹く高原の牧場は、ちょっと臭かったりもするけどとっても気持ちいい。時々遠くでお馴染みの声が。

「わはははははは」

 牧場に肉食の魔物が侵入しないように番人に植えられたジラソレ。ここでも活躍してるんだね。そういやお城のジラソレ、自分も行きたかったみたいだけどお留守番で拗ねてるかな?

 走り回ってムワムワやポジョと戯れて、あちこちできゃっきゃと子供たちの笑い声が聞こえる。みんな楽しそうで良かった。

「ここの土もいいねぇ……」
「うん、気持ちいいねぇ」

 植物系のかー君とベンちゃんが根を張りそうな勢いで、お日様を浴びて和んでいる。ちょっとおじさんみたいだが、これも楽しみ方だろうね。

 よっ君は座って得意のお絵かきしてるね。りんちゃんはボーボと競争してる。ユーリちゃんやあきちゃん、きらちゃんたちは飛び回って遊んでるね。

 魔王様は子供たちの様子を見ながらちょっとうとうと? 昨夜楽しみで眠れなかったとか仰っていた。ふふ、子供みたい。

 子供みたいな男がもう一人。

「ココナさんがオニです」

 いきなりタッチされたので、つい条件反射の様に追いかける。あっ、走るの早いね。こういうの「つかまえてごらんなさ~い」ってのは普通逆じゃないの? まあいいけどさ。そういえば飛んでるのとかは見るけど走ってるのってはじめて見るような。長い銀色の髪がお日様を浴びてキラキラ。もう少しで届きそう……って!

 草に足を取られて思いきり転びそうになった。でも痛い思いはしなかった。受け止めてくれたから。

「転んだら草の上でも痛いですよ」
「へへへ、捕まえた」

 追いかけっこは終了だよ。だってさ……。

「きゃー!」
「あちゅいにぇ~」

 オマセさんたち横で見てますからね。


 幼稚園から持ってきたおやつはクッキー。みんなに配って、さっき作ったバターをちょこっとずつ付け、ミルクと一緒におやつです。

「おいちー!」
「これは本当に美味いな」

 魔王様も驚かれるほど作りたてバターは美味しかった。朝食のパンにつけて食べたいですね!

「楽しかったですか?」
「楽しかった~!」

 お家にちょっとずつ牧場のチーズをお土産にもらい、おじさんや動物たちにお礼を言ってお帰りの準備。

 いっぱい遊んで疲れた子供たちが、ルウラで居眠りしないかが心配だ。

「ココナさん、マーム先生はカラコルで。後は私たちが子供たちが落ちないように見ましょう」

 え? ウリちゃんはすでに羽根を広げてるし、エイジ君も浮いてるけど魔王様は? 考えてみたらユーリちゃんでも飛べるのだ。魔王様が飛べないわけが無かった……。

 大きな姿になった魔王様の背中に漆黒の翼。わあ、すごい。初めて見たけどなんて立派なお姿だろうか。

「さあ、日が暮れないうちにお家に着くように。園に帰りましょう」

 白いルウラに分乗した園児と、カラコル、男性陣がそれぞれ空に舞い上がり、楽しかった遠足は幕を閉じました。

 やはり乗り物に乗ると問答無用で眠くなるのが子供なようで、でっかい魔王様は三人ほど居眠りして落っこちてきた子供を拾ってくださいました。主にひまわり組さんのおチビさんたち。流石は魔界の住人、ほとんどの子は居眠りしながらでもルウラから落ちませんでした。

 初めての遠足は楽しい思い出になったみたいですね。

 子供たちにも、大人にとっても。

 子供たちはどの子もみんな、お家でいっぱいいっぱいお父さんやお母さんにお話したそうです。勿論、お父さんと一緒に行ったユーリちゃんもずっと目をキラキラさせてお話してましたよ。

 また来年、次は何処に行きましょうか?

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まいるどタブレット小説 Ver1.13