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期間限定短編集 - 春~さよならぼく達の幼稚園~

2015/02/16 10:27

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 春は芽吹きの季節。出会いの季節。

 そして別れの季節。

 常春とも言っていいここドドイルですが、一応暦の上では春です。

 区切りとして幼稚園では四月に当るクノ月から新学期という事になっていて、新規入園児を受け入れます。と言う事は、必然的に、その前の月ケノ月に年長児は卒園となるのです。

 まだまだ貴族以外の子はそのままピカピカの一年生とはいかない魔界。六・七歳からお家のお手伝いをする子がほとんどです。今までも七歳前後の子が数人卒園して行きましたが、人数が少なかったため、お別れ会程度でした。それでもその都度職員も子供達も泣きましたが……主に園長が。

 幼稚園が出来て既に三年。やっと年少から年長までの三クラス体制になって二年。今年は初の一クラス纏った数の卒園生を送る事になります。というわけで今年から盛大な卒園式をやることになりました。

 卒園予定は丁度創設時ひまわり組・一部バラ組だった子供達です。

「えー、もう幼稚園じゃ遊べなくなるのぉ?」

 そう、スミレ組にまで上がったユーリちゃんもその一人です。

「どうせお家なんだし、保育の時間以外は遊具も玩具も使えるし。私がユーリちゃんのお世話係で家族なのも変らないよ? お兄さんになったから、他の小さい子にかわってあげないと」
「でもっ! くーちゃんやかー君、まー君と遊べなくなる!」
「そうだけど……」

 火竜族のくーちゃんは鍛冶屋のパパの見習い、かー君は家の畑のお手伝い、まー君は両親のお店のお手伝いと、それぞれ小さいながらも進路は決まっている。こうやってこの世界の人達はずっと営みを続けてきたのだから。

 先日六歳になったユーリちゃんは、只今家庭教師を雇うか、貴族院の学校の幼年部に入るかを検討中。魔王様は城から出すつもりは無いので、この中で学ぶ方に傾いておいでだが、自分も果たせなかった通学も視野には入っているようだ。私達周りの者は進学推しである。

「ゆきちゃんは学校の幼年部に入るんだって。他にも今年から一部の貴族以外の子も試験で入れるようになったから、てんちゃんも学校に行くよ? もし学校に入れたらまだお友達とも会えるじゃない。新しいお友達も出来るし」
「学校か~。それいいな~」

 国の外の情勢が落ち着いている今だったら、ユーリちゃんも普通に学校に行けると思うのだ。

「でもまだしばらくあるしね。お友達といっぱい思い出作ろうね!」
「うん!」

 この頃すっかり言葉も上手になってしっかりしてきたユーリちゃん。他のお友達もそうだ。人間の世界での保育園では僅かな時間しか子供達の成長を見られなかった。それが入園から最後送り出すところまで来たのだ。勿論卒園式なんて始めて。背も大きくなってちゃんと喋れるようになって、お友達と助け合うことも出来るようになって……。

「…………」

 あれ? なんか涙出て来た。

「ねーたん?」

 思わずユーリちゃんを抱きしめる。ちっちゃい子供特有のあの甘酸っぱい匂いが少し薄くなった気がする。最初は腿位までしか無かった背も、私の胸の下にまで伸びたもん。重くなったし、簡単に抱っこで運べなくなって来た。ああ、大きくなったよね。本当に……。

 卒園式には証書を作ろう。そして入園の時と卒園間際の手型を並べた記念も作ろう。今まで描いた絵や工作も持って帰ってもらおう。お歌も唄おうかな。卒園式の歌ってどんなだろう。



「一番下の弟の卒園式で唄ってた歌なら覚えてますよ」

 エイジ君が教えてくれたのは『さよなら僕たちの幼稚園』という歌だった。細かい歌詞や微妙なメロディは怪しかったが、私も聴いた事のある歌だったので、彼が唄うのをオルガンで拾って楽譜にしてみて、歌詞も書いてみた。

「桜のはなびら降る頃という所と、ランドセルの一年生という所は変えたほうがいいかもしれませんね」

 そうだよね。桜の花っぽいのはあることにはあるが、水色だしドドイルでは別に春だけに咲く花でも無い。学校の一年生になる子もほぼいない。ランドセルはそもそも背負って行かないし。こう、もっと地元密着の歌詞にさせていただこう。作詞者の方、すみません。勝手に魔界向きにアレンジさせていただきます。

「春特有のものというと……森のくしゃみですかね?」

 ウリちゃん談。あーそういえばクノ月の初め頃になると、森の木々が一斉にくしゃみをしだす。青紫色の粉が舞って、空が霞んで見えるのよね。風物詩といえばそうだね。

「森がくしゃみを~する~頃には……うん、ぴったりはまりますね」

 ……一気に何か感動からお笑い系の別物になった気がするが、まあいいか。

 ランドセルの一年生はどうしよう。ここは歌の締めだしね。ここだけはもう少し考えることにしよう。


 職員も裏でこっそり卒園証書や記念アルバムみたいなのを作り始め、子供達もお歌の練習を始めました。それでもみんなの笑顔の保育の時間は通常運転です。

 いっぱい遊んで、いっぱい笑って。まさに歌詞の通りだね。

 気がつけばもうケノ月に入りました。

「もう少しで幼稚園ともお別れかぁ……」

 滑り台のてっぺんで、ぽつりと呟いたみぃちゃん。横でくーちゃんも珍しく神妙な顔をしている。

 後から入って来た年少さん、年中さん達はどこ吹く風ですが、年長さん達はじわりじわりと迫り来る『お別れの日』を感じ始めて来たようです。

 子供に区別は無いけれど、やはり預かるほうも右も左もわからない頃から一緒にいるこの子達の卒園は、私にとっても特別なのです。大きくなって見違えるほど成長した彼等を喜ばしく思う反面、別れが寂しくて怖い。

 それでも時は流れ続けます。


 あっという間に、卒園式の日がやってきてしまいました。

 去年、一昨年に先に個別に卒園した四人も今日は一緒にもう一度卒園式をやる事にしました。ちゃんと証書と手型も用意してあります。犬獣人のいっちゃん、半魚人のランちゃん、火鼠のチリちゃん、風竜のあきちゃんの四人。一番最初からいた四人だもの、ちゃんと皆と同じにしてあげたい。

 久しぶりに見る彼らは、もうすっかりお兄さんお姉さんの風情だった。それぞれ家の農業や商売、家事を手伝っています。彼等もスミレ組の列に合流です。

「久しぶり!」
「元気そうで良かった」

 すみません、もうここだけでも泣けました、私。横では魔王様も口に手を当てて眉毛をぴくぴくさせておいでです。もらい泣きするタイプですものね。

 今日は年少のひまわり組さんはお休みです。年中のバラ組さんは送る側、スミレ組さんは送られる側。

 子供達はいつものスモック姿。でも先に卒園している彼等は普段着。あちこちに花が飾られた幼稚園。お遊戯会の時と同じく真ん中に舞台が設けられ、今日は演台が真ん中に置かれています。保護者は少し後ろの椅子に掛けて見守っています。

「わははははは~! これより王立幼稚園卒園式を行うぞぉ~ははっ」

 すごく厳粛な雰囲気をぶち壊すジラソレの司会ですら、今はありがたく思えた。多分、これが無いと私は最初から最後まで泣いてそう。

「わはは、まずは魔王様(えんちょう)より、卒園証書授与~!」

 演台につかれた魔王様の前に、代表のてんちゃんが進み出ます。

「ここに王立幼稚園第一期生として三年間の幼児教育課程を修了した事を証する」

 すっごいシンプルな硬~い文面なのは魔王様らしい。ちゃんと一枚一枚自筆でサインされ、捺印された証書は、どんな護符よりも強力に彼等を護ってくれる事だろう。

 ぺこりとお辞儀をして受け取ったてんちゃんはやはりしっかりしている。

 その後、一人一人の名前を呼んで、魔王様から手渡されていく証書。

「魔王様にもらった~!」

 くーちゃんが舞台を降りながらひらひらさせてご両親に手を振っている。そのマイペースに和むね~。

 年長になって足も生えてきたベンちゃんも、一人で段に上がって証書を受け取りました。入園時から最も身体的成長を遂げたのは彼でしょう。入って来たときは種から双葉と顔だけが出てるだけだったもんね。

 ユーリちゃんに証書を手渡す時に、魔王様のお顔がまた泣きそうになった。そうですよね、本当なら保護者席ですもんね。でも何とか耐えられました。

「遅くなってしまったな」

 先の卒園生にも一枚一枚手渡され、いっちゃん達も嬉しそうです。

 一通り証書の授与が終わると、卒園生のお歌です。

「わははは~、卒園生のお歌だぞ! ハンカチの用意はいいかな~?」

 ジラソレ……あんたって奴は。

 私は舞台の隅のオルガンの前に座って大きく息を吸った。

 泣かずに、笑顔で送ってあげたい……。

 そして前奏を弾き始めた。

「たくさんのじかんを~ここです~ごしてきたね~♪」

 オルガンに合わせて、子供達の声が響き始める。

 いかん、もう出だしだけで涙が出て来た。

 皆ビクビクしながら幼稚園にやって来た、あの三年前の出会った日。数日間お母さんと離れるのが悲しくて泣きながらやって来た頃。呂律が回らなくて、まだ玩具の貸し借りも、遊具を譲り合うことも、並ぶ事もできなかった小さな小さな子供達。

 その笑顔も、涙も、色んな出来事も事細かに思い出せて、頭の中でくるくる移り変わる早回しの映像のように浮かぶ。

「♪たくさんの~ともだちと~ここであ~そんできたね~」

 ケンカもしたね、でもちゃんとゴメンナサイ出来たよね。

 粘土もしたね。お絵かきも大好きだったね。

 畑でお花を植えた日、みんな泥んこになって笑ったね。すくすく育った苗と同じように、みんなも日々大きくなっていったね。

 人間の国から勇者が攻めてきても、みんなニコニコのまんまだった。笑顔は憎しみあって戦うより強いと言う事を、教えてくれたのはあなた達だったね。

 好き嫌いもあったけど、お友達と一緒にお給食を食べるうちに、苦手なものも食べられるようになったよね。お友達の励ましで最初の一口を食べられた時の事、自分の事のように嬉しかったよ。

「♪うれしい~ことも~、悲しいことも~きっとーわすれない~」

 お遊戯会ではお歌を上手に唄えたね。失敗しても泣かなかったよね。

 運動会も楽しかったね。かけっこで転んでも、最後まで一緒にゴールしたね。力を合わせて応援も出来たね。

 遊びに夢中でトイレに間に合わなくて失敗しちゃう事もあったけど、次からはちゃんと言えるようになったよね。もう年長さんになったら着替える事もなくなって、楽チンだったけどちょっと寂しかった。

 後から入って来た小さい子達をよく面倒みてくれたね。

 いつも、いつもみんなの一生懸命で元気な姿に、先生も大人達も助けられていたんだよ。

「さ、よ、な、ら、ぼーくたちの、よーちえん~♪」

「ひくっ、ひくっ」

 歌う子供達の声も少しづつ涙混じりになってきた。というか、私、もう涙で霞んでオルガンの鍵盤も楽譜も見えません。多分酷い顔になってると思う。でも子供達も一生懸命唄ってるのだ。最後まで弾かなきゃ。

「森が~くしゃみを~する頃には~♪」

 そっとオルガンを弾いてて手の離せない私に代わり、ハンカチで涙を拭いてくれる手。

 見るとウリちゃんだった。

 彼も泣いてた。顔にはいつもの微笑がのぼったまま。でも微かに唇が震えて、白い頬に涙が伝っていた。

「笑顔で~あるいて~行きます~♪」

 ほとんど同じ時間、子供達を見てきた。特に卒園していくスミレ組の子供達は彼が担任なのだ。私のように元々から保育士でもない。子供達と一緒に日々覚えることばかりだっただろう。嬉しさと寂しさ、いかばかりだろうか。

 とどめは子供達の言葉だった。

「ぼくたち」
 ユーリちゃん、くーちゃん。

「わたしたちは」
 みぃちゃん、てんちゃん。

「この幼稚園で」
 くーちゃん、まー君。

「お友達と」
 よっ君、ベンちゃん。

「一緒に遊んで」
 もっちゃん、ゆきちゃん。

「一緒に学んで」
 かー君、マコちゃん。

「とっても楽しかったです!」
 りっ君、きらちゃん、ふうちゃん。

「ずっとずっと忘れません」
 いっちゃん、ランちゃん、あきちゃん、チリちゃん。

 ああ、みんな練習どおり上手に言えたのに。私が泣いててどうするんだろう。笑顔で送ってあげようって、そう思ってたのに。感極まって……。

 号泣。

「わああああ~ん!」
「こ、ココナ先生?」

 もう涙が止まらなくなって、ウリちゃんに抱きついて思いっきり泣いてしまった。

「ほら、泣かないで下さい」
「自分もっ、泣いてっ、るっ!」
「せんせー!」

 ユーリちゃん達も走り寄ってきて私達を囲みわんわん泣いてます。

 お父さんお母さんもつられて泣いています。マーム先生もメイア先生も泣いてます。エイジ君も号泣してます。魔王様も演台に突っ伏してます。泣いておられるのかどうかは不明ですが、なんか天井からワケのわからない蔦みたいなのがバランと降りてきたのは魔王様の仕業でしょうか。


 もう卒園式はぐっだぐだです。

 だが、一人(?)冷静な奴がいました。

「わはははは~、なんかおかしな事になってしまったが~ははっ、次行っていいかな~? わはははは~邪魔だな、おい」

 ジラソレは司会進行に忠実だった。謎の蔦を掻き分け、にぱーっと笑うおかしな奴におかしな事にと言われてしまい、皆幾分か冷静に戻った。

 そして、きょとーんとグダグダ劇場を見守っていた年中のバラ組さん達。

「お、お歌唄っていい?」

 そうだった。卒園児の後は年中さんのお歌があるんだった。そして、そのお歌の間に伴奏のマーム先生以外の職員は、入り口で記念の手型を渡さないといけないんだった。

「わはは~、では在園児代表、バラ組さんのお歌にのせて、卒園児退場~」

 おーい、ジラソレ。早い早いっ!

 もう泣いている間など無かった。マーム先生がオルガン前に、メイア先生、エイジ君と共に入り口へ走る。魔王様もダッシュだ。スミレ組担任のウリちゃんに至っては、バラバラになってしまった卒園児をもう一度並ばせ、歌の間に巻いて用意された卒園証書を配り、更に私達に合流するという超高速移動が要求される。

 ドアは園庭の遥か先。こう見えて広い幼稚園です。

 そして保護者の皆さんも大変だ。両側に並んで花道を作らなければならない。こちらも泣いてるヒマも無くダッシュ。

「おーはなーが、わーらったー♪」

 年中さんの歌が始まる。毎度お馴染みの歌である。

 微妙に息切れする保護者の花道を通り、卒園証書を手にした年長児が歩いてくる。こちらもぜえぜえ言ってる職員で、一人一人の記念品を渡す。間違えないようにしないとね。

「げ、元気でね」
「また……遊びにきて、ね」

 ごめん、泣いてた上に走ってきて掛ける声も息切れしてます。

「げーんきにわーらった♪」

「お兄さん、お姉さん、お元気で!」

 お歌が終わり、年中代表の言葉が終わる頃には、全員苦笑いでした。

「わはははは~! ではこれで第一回卒園式終了~~!」

 そして、ジラソレの声が響き、無事……? 卒園式が終わった。

 なんか、最後のバタバタで涙も感動もすっ飛んでしまった気がするが……笑顔で送り出すというのは、達成したのかな? 強制的に。




「わあ、見て! 三歳と今じゃこんなに違うんだね!」

 卒園式の夜。

 ユーリちゃんは自分の手型を見てご機嫌だった。

 魔王様とウリちゃんはなぜか寝込んでいる。というか、多分二人とも陰でこっそり泣いてるに違いない。

 お友達とはまた街に行けば会える。それに、ユーリちゃんに至ってはここが実家なわけで、そう卒園という実感は無いのかもしれないね。

 保育園の園長先生が言っておられた。卒園した子の名前も全部覚えてるって。きっと私も忘れないと思う。

 寂しくなっちゃうけど、みんなありがとう。また会おうね。

 もうすぐ、また新しいお友達も入ってくるね。

 森がくしゃみをする頃には。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13