番外編 - 2:手紙を解読せよ(エイジside)
2015/02/27 20:34
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うーん。これは何と読めばいいのだろう。
一応がんばって人間の国でこの世界の文字は覚えた。最初は簡単な物しか読めなかったが、最近は宰相閣下の怪しい睡眠学習により無駄に歴史や地理などの知識も増えて、そこいらの学者並には賢くなったっぽい。
「困らないように書庫の本の半分くらいは情報入れておきましたから」
……寝覚めが悪かったのはそのせいかとも思うが、まあ有難い。
出来れば受験勉強の時もこういうのがあったら良かったのにと思わなくもないが、魔界古代文字まで読めるようになったはずなのに、目の前の便箋らしきものに書かれた文字が一晩と半日かけても解読不能だ。横に描かれているハートと人らしき絵はわかるけど。
「これ、お返事ください。でもお手紙渡したの絶対ナイショ」
昨日吸血鬼のてんちゃん……テンゼラちゃんに畑で渡された手紙だ。
うーん、お返事と言われても。読めなきゃ返事のしようもないな。今日は幸い出会うことが無かったから良かったものの、明日はスミレ組さんが畑に来る予定だし。
こんな曲線と謎の図形の描かれた物をどうやって解読しろと?
ここは素直に他の人に助けてもらうよりないだろうか。でも絶対内緒って言われたしなぁ。子供との約束を破るのもなぁ。
「おや、エイジさん。難しい顔でどうしました?」
ぎくぅ。
振り返るとウリエノイル様が立っていた。
「お、お仕事終わったんですか?」
「はい。エイジさんも今日も一日ご苦労様でした。もうすぐ夕食ですよ」
最近幼稚園の先生も兼任してるせいか、それとも魔王様を差し置いてココナさんを射止めた余裕だろうか、表情が豊かになって物腰が柔らかくなった気がする。そんなニッコリ優しく笑われたら、こちらも笑い返すしかない。
……ある意味笑いジラソレと同じ……とは口が裂けても言わないが。
「一緒に行きましょうか」
「そうですね」
手紙は見つかっていないようなので、ポケットに忍ばせて一緒に食堂に行くことに。
しばらくすると、廊下前方から賑やかな声が聞こえてきた。
「こらー! まてー!」
「やーのっ! かえちてほちかったら、ちゅかまえて!」
ばたばたと賑やかに廊下を走って来たのは、なぜか素っ裸のユーリ王子とその後ろを追いかけて来たらしいココナさん。ワンピースは着てるけど髪が濡れてる。お風呂上りなのかな。
「あっ、ウリちゃん、エイジ君、ユーリちゃんを捕まえて!」
廊下に手を広げると、王子は上を越そうとぴょこんと宙に浮いた。魔王様サイズの城は無駄に天井が高い。ふふん、でも飛べるのは王子だけじゃないですよ。
「ほうら、捕まえた」
裸んぼさんを空中でキャッチする。懐かしいな、こういうの。風呂上りの弟たちがこんな感じだったもんな。
「早く服着ないと風邪ひきますよ」
「ちゅかまっちゃった」
ぺろんと舌を出す王子。大人が裸で廊下を走っていたらヤバイが、小さい子はフリーダムだなぁ。このぽっこりお腹にお尻、可愛いなぁ。
って! 王子、何を握り締めて……っ!
「ご褒美に、にーたんにこえ、あげう」
小さな手で差し出された物。薄紫のレースに縁取られた布製で、二つの丸みを帯びたアサリの貝殻みたいなのを繋いだ形状のそれ。
「……あげるって……」
ひゅるる~と力が抜けて廊下に落ちたのがわかった。
「どうちたの? 欲ちくにゃい? じゃあおとうたまにあげう~」
欲しいか欲しくないかと言われるとちょっと欲しい……かも? でもブラジャー渡されてもっ! それより何で魔王様にそれをっ?
「きゃーっ! ユーリちゃん広げないでえええぇ!」
うん。広げて見せないで下さい。ココナさんの悲鳴がすごいです。
「え、遠慮しておきます。それに魔王様にも渡しちゃ駄目です。ココナさんに返しましょうね」
「う~。さっきまれ、ねーたん、つけてたやつ、喜ぶ思ったにょにな~」
「!!」
脱ぎたてですかっ! いやいや、妹の洗濯物でも見慣れてたから別に恥ずかしくないハズなのだが、ココナさんのつけてたやつっ! ううっ、未だに諦めきれていないのか、オレ。
「にゃんで大人ってこういうの見りゅとうれちいんだぉね?」
魔王様、微妙に育児を間違っておいででないでしょうか……。
「男の浪漫なのですよ。大人になったら王子にもおわかりになります。それはわたくしがお預かりしましょうか」
あんたは王子を捕まえる時何にもしてないでしょうが。や、ウリエノイル様っ、後ろっ!
魅惑の物体に手を伸ばした宰相閣下は、ココナさんに頭を叩かれた。王子の手から回収されたブラジャー推定Aカップ。
「二人とも見た?」
ウソはいけないので、一応頷く。横で頭を押さえつつ激しく頷く人はなぜ笑っていられるのだろうか。涙目だが。
「ニオイは嗅いでませんから」
「……」
顔を真っ赤にして、もう一度銀の頭を叩いてから、無言でココナさんは裸の王子を小脇に抱えて廊下を走って行った。うーん、あんまりない胸でも揺れるんだなぁ。そういえばブラジャーがあるってことは今ココナさんはノーブラ……。
目の前にすっと白いハンカチが差し出された。
「エイジさん、鼻血出てます」
「……」
ハンカチを汚すのも何なので、首からかけてたタオルで鼻を押さえる。
「溜まってるんですね」
「若いですから……」
何も言うまい。そうですよ、色々モロモロ溜まっておりますよ。いいですね、公私共に充実しておいでの方は……。
「ところで、先ほどポケットに何を隠されたのでしょうか?」
「見てたんですか」
はぁ。もういいや、見せたことは内緒にしておいて助けを請おう。
「どこの言語でしょうか? 所々読めそうな所はありますが、その前後がわからないので意味までは……魔王様ならわかるかも?」
「いやぁ、てんちゃんに内緒にしてって言われたし」
夜、二人でサロンの隅で解読作業中なのだが、やはりウリエノイル様にも読むのは不可能だった。
「小さい子供との約束ですから、返事をしなきゃいけないんですけど」
「そうですよね。子供にとって、言いつけは破ってもこういう約束はよく覚えているものですし。特に女の子は」
はあ。思わず溜息をついた時だった。
「何を隅っこで密談しておるのだ?」
あちゃー、魔王様がおいでになったよ。
「ユーリちゃんは寝たんですか?」
「うむ。何やら寝る前に、お父様は男のマロンを感じるかと聞かれて、意味がわからなかったのだが、誰かわかる者がいるかと思ってな」
「……」
思わず天を仰いだ。王子、独り身の長い魔王様に何を聞いてるんですか。
「その顔は二人とも心当たりがあるのだな」
「魔王様は女性の脱ぎたて下着に浪漫を感じますか?」
ウリエノイル様っ、魔王様の後ろにっ!
「……へ、返答に困るな」
「ならばその話は無かったことに。後ろでココナさんが殺気を放って立っておいでなので」
本日三回目誰かさんが叩かれたのは言うまでもない。
というわけで、絶対内緒だったはずが、結局大人全員にフルオープンになったわけだが、魔王様にも読めなかった手紙は、あんがいあっさりココナさんに解読された。
「ふふっ、可愛い。ラブレターよ、これ。てんちゃんのオマセさん。エイジ君はてんちゃんにとってはずーっと勇者様なのね」
えええ? 何でココナさんには読めるんだ?
「これ、どこの言葉なんです?」
「ん? ドドイル語。普通に書いてあるよ。たどたどしいのと、所々反対になってたり字を間違ってるから変なだけで。まだ五歳だもの、仕方ないんじゃない? 字を少しでも書けるだけすごいわよ」
要するにあれか。幼児の文字。そういや弟や妹たちの手紙も反対文字になってたりして読めたもんじゃ無かったが。ココナさんは保母さんだから慣れなんだろうな。
「して、何て書いてあるのだ?」
魔王様、ウリエノイル様の方が興味津々だな。てんちゃんからのラブレターという地点で、オレには何となく想像はついたのだが。
『ゆーしゃさま、すごくすごく大好きです。およめさんにしてください』
やっぱりね。
「お嫁さんって。これにオレ、返事しないといけないんですか?」
「良い話ではないか。てんちゃんは今でもあのような美しい娘だぞ。あと十何年かしたら目を見張る麗しい婦人になる。貴族ではないが、なかなかの良家の娘だし、賢い良い嫁になるぞ」
いやぁ、魔王様? 吸血鬼なんですよ、あの子。それ以前にまだ幼稚園児なんですけども? 本格的に縁談の話のような口調ですね。
「てんちゃん一途だよね。初めて見た時からずーっとエイジ君一筋よ」
「エイジさんはまだ十八ですしね。歳も近いしお似合いではないですか」
もしもし。歳も近いって。ああ、そうか。オレ、もう人間じゃないんだった。横に百歳違いでプロポーズした人もいるんだったな。十三違いなんて微妙な誤差でしかないってか。
うーん、でもなぁ。オレ、本当はまだ……。
「エイジ君のことはまだ若いし、とっても心配なのよ」
「そうですよ。エイジさんはわたくしたちの弟みたいなものですからね」
弟……か。そうか、ココナさんにもそんな感じなんだな。血の繋がりが全くないわけでも無くなっちまったし……。
ワケも無く胸がしくしくしたが、何かが吹っ切れた気もする。
「で? 何てお返事するの?」
みんなの視線を一身に浴びて少々怯んだが、答えは一つしかないでしょう。
「それはヒミツ」
笑いジラソレと歓喜ヴェレットの笑い声の響く畑の隅で。
「お手紙ありがとう。すごく嬉しかったよ。でももうちょっと大きくなったらね。それまで待っててくれる?」
「うん。てん、ずーっと待ってるよ!」
その間にきっとオレの心も落ち着くと思うんだ。それまで本当にこの小さな小さなお姫様の気が変らなかったら、その時考えればいい。
あー、今日も紫の空が綺麗だな。
そういえば、あのレースの魅惑の物体はこの空の色と同じだったな。素直にもらっておけば良かっただろうかと、ちょこっと後悔したオレだった。
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