閑話 - 種撒き勇者の決意(エイジside)
2015/02/10 12:07
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オレって結構可哀想じゃねぇ? 前はそう思ってた。
でも今は、オレって結構幸せかも? そうも思う。
あれは忘れもしない、楽しみにしてた体育祭の朝だった。
中学時代は陸上部だったから足は速い。リレーのアンカーを任されてるから、もう気合入りまくり。
父ちゃんと母ちゃんは朝メチャクチャ早く仕事に行くから、ギリギリまでチビの弟達の朝メシ食べさせたり洗濯干したりしてて、気がつくと遅刻寸前だったので慌てて飛び出したんだ。ヤベ、実行委員だから今日はいつもより早く来いって言われてたのに。
「行って来るな! 戸締りして学校行けよ!」
「兄ちゃん、忘れもん!」
「おお、スマン」
タオルとか弁当入ったバッグを忘れる所だった。
中学生の妹の理香がバッグを持って追いかけてきてくれた。手を伸ばしてバッグを掴んだ瞬間だった。
ぐにゃっと視界が歪んで目の前が暗くなった。
え、何? 貧血?
「あれ? 兄ちゃん?」
理香の声が遠い。
耳がぴーんと鳴って、内臓が掻き混ぜられるみたいな気持ち悪い感覚に、目を閉じて必死に耐えてた。朝飯リバースするだろぉがあああ!
案外その異常は早く終わった。
何とか倒れずには済んだが、丈夫なだけが取り得のオレがせっかくの体育祭の日に、こんな事で大丈夫なのかと思いつつ目を開けた。
「やー、理香ごめん。大丈夫だから……」
目の前にいるのは理香のはずなのに、全く知らない人と目が合った。
「成功ですぞ、王!」
はぁ? 十三歳の女の子がいきなりどう見繕っても五十は越えてるだろうって変な格好のおっさんに代わってますが?
「三百年前の秘術、勇者召還は本当に可能だったのですね」
「うむ。これで憎き魔王を倒せるかもしれん」
……何のこっちゃ。
弁当の入ったバッグを握り締め、学校指定のジャージ姿で見知らぬ場所に放り出された草野英治(くさのえいじ)、十六歳の秋だった。
まー、それから先はしばらく泣き暮らしたね。
一応持ってた携帯は繋がらない、その他の持ち物はタオルと弁当と水筒、体育祭のプログラムだけ。それすらも取り上げられて。
何だよ、王様って。何だよ、勇者って? 弁当くらい食わせろ。
体育祭でリレーで走るはずだったんだ。無理して買った家のローンを払うために死ぬほど働いてる父ちゃん母ちゃんに代わって、三人の妹と弟の面倒を見なきゃいけないんだ。一番下の英太はまだ小一だぞ。お風呂だってまだ一人で入れないんだぞ。理香に負担をかけたくないからオレ、高校ではクラブにも入らなかったのに。跡継ぎのいないじいちゃんの田んぼとビニールハウス継ぐために勉強してたのに。
……魔王を倒さないと、もう帰れないって言われた。
でも人間を苦しめてる魔王は滅茶苦茶強いから、死にたくなかったら強くなれって言われた。
ヘンテコな色の空の、一歩町を出たら人を喰う木の森や、気味の悪い化け物がウヨウヨいる所。湖も川も青では無く赤い水。
こんな所でオレ、ずっと生きていかなきゃいけないのか?
黒かった髪も目も、外国人みたいに暗い色の金髪と青い目になってた。何だよ、コレ。誰もオレってわからないんじゃないのか?
小学校の頃、近くの道場で剣道をやってた。でも段を取るまでにやめちまったし、こんな本当に切れる重い金属の剣なんて持ったことも無いのに。毎日毎日手のマメが潰れようと稽古させられて。オレが振るうべきは土を耕す鍬であって、剣じゃねぇ。でもそんな文句すら聞いてもらえなくて。
死ぬのが怖い一心で、気がつけば相当強くなってた。
「選ばれし勇者よ。民を苦しめる近年の凶作、恐ろしい魔物が襲ってくるのも全てドドイル王国にいる悪しき魔王の仕業。今こそその剣で倒す時!」
むっちゃ偉そうな王様は好きにはなれない。
三百年位に一度は、こうして余所の世界から呼ばれた勇者が魔王に挑んでいるそうだ。勝敗は教えてくれないが、魔王が子孫を残して代替わりしてるって事は多分負けてんじゃんか。
ある日、牢屋に入れられてた近くで捕まったという隣の国の魔族ってのに会う機会があった。オレに剣の練習台にでもしろってくれたんだけど、全身鱗に覆われててどう見ても人じゃないのに、高い知性を持っていた。
どうしても斬るなんて出来なくて、何度も会いに行くうちに仲良くなった。オレには、同じ人間のこの国の人間より、魔族の彼の方がマトモに思えた。色々話を聞くと、この世界は本来魔族の住む世界で、人間は後から迷い込んできて勝手に国を作って住んでる事、人間の国が色々不便な目に遭ってるのは、魔王のせいなんかでなく魔族ですら住めないような土地に無理矢理国を作ってるのだから土地は痩せてるし、魔物も出るのは当たり前だという事だった。
それがその時は全て本当だとは思えなかったけど、魔王と戦うなんて絶対嫌だと思って、ある日その彼と共に脱げ出すのに成功した。
とにかく逃げよう。勇者様だなんて言われるのは嫌だ。剣だけもらって後の鎧やら装備は全て置いておいた。
魔族は姿形は違っても、怖い存在じゃない。どこかの国の隅っこで、地味に畑でも耕して、弟や妹の待つ世界に帰れる方法を見つけながら生き延びよう。幸い、オレは人間と言ってもこの世界の生まれじゃない。波長とやらが違うそうで、そう簡単には捕まらなかった。
うんとうんと逃げた。途中で倒した獣の皮を被って変装したりしながら。そして辿り着いたのは、一際賑やかで平和な街。
色んな姿の人がいるのに、みんな仲良さそうで、穏やかで。人間の国で見たギスギスした人を陥れるような争いもなくて。
まさかそこが魔王のお膝元、ドドイル王国の首都だなんて思いもしなかったけど。そこでコケた拍子に被ってた魔物の皮が落ちて、人間だとバレた。
「人間だ! 人間が紛れ込んでるぞ!」
途端に追いかけてくる兵隊らしき奴や、二つ首のある犬。もうひたすら逃げたね!
そこで彼女に出会った。
一目見て人間だってわかった。それも日本人。
明るい茶色い髪に瞳。象牙色の肌。日本にだって、髪を染めてる人はいたから、何の違和感も無かった。オレと同じくらいかな。大きな目と可愛い唇が印象的な女の子だった。小さな子供を連れて、薄い紫色のドレスもよく似合ってて。
嬉しくなって思わず声を掛けたが、何故か他の魔族は彼女の事を追いかけたりしないし、人間じゃないって彼女も言う。そういえば、高位の魔族になるほど人とそう変らない姿だと聞いた。
突然、子供と彼女の髪と瞳の色が変った。すうっと、見慣れた黒に。
ますますもって、完璧に日本人だと思った。
「黒髪……王族のお方じゃ!」
周りの街人が騒ぎ出した。ああ、黒髪はこの世界では、魔王とその血族だけだと聞いていたが……。
「君は……魔王の血族か?!」
彼女は何も言わず、目の前からふっと消えた。
その後、何とか逃げ切って、またも変装してみたら今度はバレなかった。
もう一度あの娘に会いたいな。その思いは日に日に募って。
そして、また出会えた。
もうこれはここ一年ばかり散々理不尽な目に遭って来たオレへの、神様のせめてものご褒美なんじゃないかと思う。
ココナさんは本当に可愛くて、儚げで、小さくて、でも元気でパワフルで。この手で守ってあげたいと本気で思える。結構年上だったけど。
初恋かもしれない。
でも可愛いあの人には想いを寄せる人が沢山いて。
魔王様も人間の国で聞かされてた悪いイメージは全然無くて、とっても優しいいい人みたいだし、最初見た時は綺麗なお姉さんだと思ってたウリエノイル様はココナさんの恋人だって事だし。悔しいけどお似合いだよなと思うし、オレにもとても親切にしてくれるので応援したい。
でも本人は誰ともまだ決めかねてるみたいだから、オレにだってチャンスはありそうだけど、魔界のトップ2をライバルと呼ぶには格が違いすぎる。
お城に住まわせてもらえるようになって、とても毎日が楽しくなったし、充実してる。幼稚園の子供達も可愛いし、畑仕事もさせてもらえる。この前まで敵だったはずなのに、何で皆良くしてくれるんだろう。嫌で嫌で仕方がなかったこの世界も、案外いいところだなって本気で思える。何てったってココナさんと同じ屋根の下で暮らせるんだから。
まだ家族のいる日本に帰る望みを捨てたわけじゃない。ウリエノイル様は、オレが日本に帰れる方法を探してくれるって言ってくれた。ココナさんを連れて来られたのだから、何時になるかわからないけど帰る方法もきっとみつかるって。
だけどココナさんはもう帰れない。歳もゆっくりとしかとらないみたいだ。向こうで死んだ事になってるから。正直、彼女のいない世界に帰っても味気ない気がするんだ。
父ちゃん、母ちゃん、じいちゃん、理香、有冶に英太。オレの事まだ待ってくれてるかな。それともココナさんと同じように、もう死んだ事になってるのかな。
オレ、このままここに死ぬまでいるかもしれない。それでもいいかな、と少し思えるようになって来た。
人間に勇者として呼ばれて逃げたオレだけど、やっぱり勇者になろうと思う。人間じゃなく、魔族を、ココナさんを守る勇者に。
今、オレは種を撒いてる。
ヘンテコで、うるさくて、ビミョーな花だけど、コイツ等と一緒に皆が脳天気にわはははって笑えるそんな世界にするために。
もうすぐマファルの国。あの国の人達やオレを呼びやがった王様はいつも眉間に皺よってた。こんな風に口を開けて笑ったら、きっとスッキリするのにな。
幼稚園のチビさん達もいつも笑ってた。ココナさんも。
この魔王様からの招待状を無事渡して、運動会までに帰らなきゃな。
本当に危なくなったら助けに来てくれるって言ってたけど、命懸けなのはわかってる。ひょっとしなくても剣で人を斬る事にもなるだろう。
だけど、やり損ねた体育祭。今度はちゃんと参加するんだ。
そして踊るんだ。ココナさんとフォークダンス。
だから生きて帰る。魔王の城へ。ココナさんのところへ。
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