番外編 - 1:魔王危篤(魔王様side)
2016/02/13 09:41
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「おとーたま、まだ起きにゃいの?」
ユーリの声だ。もう朝か……私としたことが朝寝坊するとは。
確認して判を押せと言われていた書類が山のようにあったから、早朝からがんばって片付けようと思っていたのに。ええと、そうだ、治水工事の許可証とそれから……駄目だ、頭が回らなくて目が開けられない。体が重い……。
ああ、今日は幼稚園が休みだったな。自分の体ながらよくわからんが疲れも溜まっているのだろうか、もう少し寝よう。
「おとーたま?」
ぐいっと無理矢理両目を抉じ開けられ、眩しさに目を閉じようとしても閉じられない。ユーリ、その小さい手でやると目に刺さって痛いのだが。
「ユーリ、もう少しだけ眠りたい」
そう言いたかったのだが、声も出ないほど眠い。
「わ……わあああああぁ! ねーたーん! ウリたーん! ギリムしゃーん! たしゅけてええぇ!」
何だろう、ユーリは叫びながら走って行ったが。私はそんなに怖い顔をしていたのだろうか。どうでもいいが眠い……たまにはいいな、寝過ごしても。
何やらひそひそと声が聞こえてもう一度意識が浮上してきた。
「魔王様、魔王様が……」
ん? ココナさんの声ではないか。何やら涙声にも聞えたのだが、どうしたというのだ?
むう、目が開けられん。どういうことだ。それに何だろう、この異常なだるさは。散々寝たはずなのに余計に疲れた気がするのだが。
ココナさんに目覚めの口付けでもしてもらえば爽快に起きられそうな気がするのだが。イヤイヤ、何を考えているのだ私は。未練がましいぞ。
「泣かないで。大丈夫です、魔王様は潰しても死なないお方ですから」
ウリエノイルもいるな。さり気なく酷い言いようをされている気がする。
「でも! ずっとお目覚めにならないなんて。ひょっとしてこのまま……」
「その時は覚悟を決めて王子にご即位いただきませんと。まだ幼い王子を支えて差し上げなければならないわたくしたちが取り乱してどうします。信じましょう、魔王様を」
ちょっと待てぃ! ユーリに即位って何だ? ただ人が寝ているだけなのになぜそう言う話になるのだ? ひょっとして、私は死んだとでも思われているのか?
ふいに柔らかな感触が頬に触れた。こ、ココナさんの手? 頬をするりと撫でられて僅かばかり夢見心地になった。
「こんなに安らかなお顔でいらしゃるのに。もう三日も……」
み、三日ぁ?
「魔道医師もただ徐々に魔力が失われるとしか……原因がわからないって」
「寿命ですかね? でもココナさん、あまり触らないで。感染するかも」
ウリエノイル、いっぺん羽根を全部毟ってよいだろうか。お前、幾つだ? 同い歳では無かったかな? それに何だ、感染するとは。私は病原菌か?
むう。ココナさんの手が離れて行った。それに何だ、この間は。
「……んもう、こんな所で」
「じゃあ泣かないで。ココナさんのそんな顔見るの辛い」
お前ら人の横でイチャイチャするなっ。こんな所でって何を? くそっ、ウリエノイルめ。うらやま……いやいや、素に戻っておるな。
だがそうか、この全身のだるさと異常な眠気は魔力が失われたからか。むう、眠る前私は何をしただろう。原因になることは何だ? と、とにかく起きられさえすれば。せめて目を開けるくらいは。
むむ、何やらぺたぺたと子供の足音が聞える。ユーリかな。いや待て。一人ではないな。大勢の足音が聞えるのだが。
「まおーたまぁ」
「えんちょーせんせー」
ひょっとして幼稚園の園児全員来たとか?
「お友達もちんぱいちてるよ。おとうたま、聞える?」
「ユーリちゃんなんて優しいの。大丈夫、きっとお空までだって聞えるわ」
うむ。聞えておるぞ。お空にはおらんがな。しかし、ココナさんはずっと泣いているな。彼女も心配してくれているのだろうか。ああ心が痛い。ココナさんを泣かせるなんて。みんなにここまで心配をかける自分が憎い。
動けっ私の体。むおおっ!
「あ、魔王様のおててちょっと動いた!」
てんちゃんかな? 気がついてくれたか。
「きのせいだぉ」
みぃちゃん……その切り捨て方はなんだろうか。
「まおーたま、おきてくらしゃい」
「まおーしゃまー!」
気持ちはとても嬉しいのだがな、耳元で大合唱されては頭がガンガンするし、小さな手でぺちぺち頬を叩かれても目を開けられんのだ。この脇の辺りをくすぐっているのはかー君の蔦だろうか。乗っかっているのもいるな。くーちゃんか?
「こらこら、魔王様は弱ってらっしゃるんだから無茶しちゃ駄目だよ」
「そうですよ。うつるといけませんよ」
「あーい」
「ごめんちゃい」
「さ、みんな魔王様のお顔見たでしょ。大丈夫、きっと元気におなりだから。お部屋に戻りましょうね。マーム先生が待ってるよ」
助かったが、少し寂しいな。
段々とガヤガヤいう子供たちの声が遠ざかって行く。
「このままじゃ遠足中止だねぇ」
「ちゅまんないー! まおうたま、違う時にしちぇほしかったにょ」
「ママがこういうの何て言ってたっけ、そうそう、間が悪い」
……。
そういえばユーリも初めて遠足に行くと、はしゃいでいたな。私も滅多に城を離れることがないから、引率に行くのが楽しみだったのに。
ああ、懐かしいな。子供の頃城から出たいと言ったら父上に叱られて、姉上とウリエノイルと三人で抜け出したのだったな。下の森で木に喰われそうになってお漏らしをしたことは忘れんぞ、ウリエノイル。私も少しチビったかもしれんが……。
ボコボコ音をたてて瘴気を噴き出す沼の横で、三人で食べた菓子の味は忘れられん。襲って来た魔物を投げ飛ばしたり、トンボに攫われそうになった姉上を見て大笑いしたのも覚えている。見る物聴く音全てが新鮮で面白かった。帰ってから父上に大変叱られたが、今となっては良い思い出だ。ユーリにもそういう楽しい思い出を作ってやりたかったのに。
死期が迫ると昔のことが思い出されるというが、これがそうなのか?
いかんいかん。気弱になってどうするというのだ。我は魔王だぞ。世の均衡を守るためにユーリにまだまだ教えなければならんことが山のようにあるのだ。まだ死ぬには早すぎる。せめてあと百年はっ!
華麗に復活して、ユーリたちと遠足に行くのだ。
バターンと大きな扉を開ける音。エイジだな。もう少しこう、落ち着いて行動しろと言っているのに。今に扉に喰われるぞ。
「魔王様の死因がわかりましたよ!」
エイジっ! おいっ、まだ死んでおらんっ! ツッコめ誰か!
「ほう、死因がわかりましたか」
「何なの、何が原因なの?」
……。
覚えておれよエイジ、ウリエノイル。ココナさんもツッコミは入れんのだな。ま、まあよい。で、原因は何なのだ? 早く言えエイジ。
「腕輪です!」
「腕輪って……あの勇者の腕輪? まだあったの?」
「はい。長いこと放置されていたので学者たちとあの腕輪の処分を検討中に、魔王様が王子を寝かしつけにお部屋に戻られたそうで。どうもそのまま持って行かれたようだと」
……あ。
そういえばそうだった。書類の方に気を取られていて、学者どもの話をいい加減に聞いていて、いい加減封印をかけて捨てると言って部屋に持ち帰ったのだ。で、ユーリに触られるといかんと思って枕の下に……。
「でも、あれって呪文を唱えてお願いしないと発動しないんでしょ?」
「急激な魔力の吸引は確かに呪文を唱えないといけませんが、本人の魔力が強い場合は長時間身につけているだけでもじわじわと吸い取られます。前にオレがつけただけで動けなくなったって言ったでしょう? あのキールは全く魔力のない特異な人間だったから平気だっただけなんです」
そういえばそんなことを言ってたような。この歳にして一つ教訓を覚えたぞ。人の話はちゃんと聞こう。
「では腕輪を早く遠ざけないと」
さ、三人で一度に体をまさぐるな。ポケットには入っておらん。脇の下にあるかっ! 懐になんぞ入れておらんわっ。ああっ、そ、そんな丹念に胸を……っ。誰だズボンに手を突っ込んでおるのはっ! その出っ張りは腕輪ではないっ! ココナさん、流石に足の裏にはないぞ?
「どこにもないですよ?」
「ベッドの中とか?」
そうだ。枕の下っ!
「あっ」
……ベッドから落とされた。無駄に出っ張っている鼻がじんじん痛いのだが。お前らは力の加減というものを知らんのか。私が言うなという心の声が聞こえた気もするが、余りにも酷い扱いではないだろうか。
「きゃーっ! 魔王様っ!」
とりあえずココナさんが心配してくれたので許す。
「ありましたっ!枕に敷いて寝てらっしゃったようです」
「とりあえずこの布にでも包んで」
俄かにバタバタと賑やかになったが、誰も私を起してはくれんのだな。ああ、だが少し楽になった気も……とりあえずひっくり返して仰向けにしてくれたのはココナさんのようだ。
目が開いた。心配そうに覗きこんでいる大きな目が至極近くにあった。
「魔王様、良かった……」
頬に温かい雫が落ちて来た。
「心配……してくれたのか?」
「当たり前じゃないですか! みんなで交代に魔力を与えてもお目覚めにならないんですもの。このまま魔王様がお亡くなりになったりしたらどうしようって……」
胸がチクチクと痛んだ。まだ体がだるくて腕も動かせないが……そうか、みんな私のために。
「原因は退けたので、これで魔力を回復させることが出来ます」
ウリエノイルもエイジも疲れた顔をしておるな。今回は許してやろうかな。
「ふっか~つっ!」
その後、散々言いたい放題だったウリエノイルとエイジから絞り取るほど魔力を分けてもらい、二人は寝込んだが私はすっかり元気になった。
腕輪は早々に封印の箱に入れ、城の地下奥深くに埋めさせた。
これでまた数百年は安泰だ。
また戻って来た日常生活。
「遠足は予定通り行うぞ」
「わーいっ!」
お弁当を持って、みんなで子供の時にしか味わえない楽しいことを沢山経験して、素晴らしい思い出を作ろうではないか。なあ、ユーリ。
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