HOME

 

番外編 - 4:美味しいキミが好き

2015/02/16 09:46

page: / 13

「手を合わしぇてくだたい!」

 お当番さんの声に、お顔の前で両手をぱちん。

「あい、いたーらきましゅ」
「いただきまーす!」
「まーちゅ」

 今日のお給食はお魚フライのタルタルソース添え。私の大好物です!

 ポジョの卵がピンクでお酢が赤いのでマヨネーズのソースは蛍光ピンクっぽいけど、パン粉が緑っぽいのでなんか青海苔入りみたいに見えるけど。白身魚の味なのに身が薄紫だけど。味はほぼ知ってるのと同じです。

「ほわああ、おいしいいぃ」

 思わずにんまり笑えて頬に手が行く。

「せんせー幸せそうだね」
「うん、これ大好きなの。し~あわせ~」
「ユーリもこれしゅきー」
「あたちもおしゃかにゃしゅきぃ」

 双子のチビ猫ちゃんたちも口の周りベタベタにして食べてるね。

 海から遠いドドイルなので、魚メインのお給食は滅多に出ないが、子供たちにも好評ですよ。何気にお魚の形にしてあるのが芸こまです、シェフ。いつもありがとう。

 ヴァンパイアを除くみんながぱくぱく美味しそうにお給食をいただいている中、美しい顔を強張らせてお皿を見つめている人がおりますね。

「あれ、ウリちゃん食べないの?」
「魚……」

 きゅうりが苦手だと言っていたが、ひょっとして魚も苦手なんだろうか。ソースに走りきゅうりのピクルスも入ってるけど姿も見えないほど小さく刻んであるし他では食べてた。あんがい好き嫌い多いんだな。

「魚が苦手? 先生が好き嫌いは駄目だよ。子供たちのお手本にならないと」
「そーだよぉ。おいちいよ? おっきくなれないよぉ」

 ユーリちゃんもおススメしてくれるが、ウリちゃんのフォークは動かない。もう大人だから大きくはならなくていいんだけど。

「……ココナさんは魚が好きなのですか?」
「うん。本当はお肉より、どっちかっていうとお魚が食べたい派」

 島国日本生まれだし。ヘルシーだし。じいちゃん築地勤めだったし。

「そう……ですか」

 なんか、思い詰めたような顔してるねぇ。そんなに嫌い?

「好き嫌いはいけませんが、食欲がないので……よかったら誰か」

 そう言えば何となく顔色が悪いような。体調が悪いのかな?

 結局子供たちが分けっこして美味しく頂いて、その日ウリエノイル先生は昼食を一口も食べなかった。


 午後もいっぱい遊んで、子供たちはお帰りの時間。

「せんせーさよなら、みなしゃんさよなら、またまたあーしーたー」

 ご挨拶のお歌の後はしゅっぽっぽでルウラまで移動。途中までは一緒に行ったが、お見送りはマーム先生が引き受けてくれたので、後の職員で掃除や方付けをするのに戻る。

「あれ? ウリちゃんがいないね」
「ウリエノイル様は調子が悪そうでしたので先にお休み頂きましたよ」

 箒が似合いすぎるメイア先生がテキパキお掃除しながら言った。小さい彼女は時々移動にも箒に乗ってたりする。妖精というより魔女みたい。

「どうしたのかな? お昼も食べなかったし、一日なんとなく元気なかったし。病気かな?」

 線が細くて繊細そうなウリちゃんだが、実は魔王様よりよく食べる。甘いものをいっぱい食べても太らないのがちょっと憎らしいが。今日は魚以外にも彼の大好きなフルーツゼリーがデザートについていたのに、それにすら手を伸ばさなかったもんな。心配になって来た。

「片付けはしておきますから、様子を見てきて差し上げたら?」

 メイア先生、なんかにまーっと笑いましたね。でも今日は絵の具でお部屋が大変なことになってるんで、お掃除は一緒にします。

 大方片付いたところでマーム先生とユーリちゃんが戻ってきたので、後はお言葉に甘えて様子を見に行くことにした。

 自分の部屋かな? そうだ、元気の出るお茶でも持って行ってあげようかな。何度かお邪魔したこともあるけど、あんがい男の部屋って感じで散らかってたりするのよねぇ。また洗濯物溜めてんじゃないでしょうね。

 あ、お部屋にはキミちゃんがいるんだった。見た目は綺麗な金魚さんみたいだけど七十センチはあろうかという大きさで、私の顔を見ると口をかぱーっと開いて鋭い歯を見せる。最近は少し慣れてきたのか威嚇は減ったが、目の前でウリちゃんが私にくっついて来たりしたら、水槽に体当たりかけて怒るもんな。あれ、絶対妬いてるのよね。ふふん、水の中から出られないからどうってことはないんだけどさ。可愛いっちゃ可愛いし。でも所詮は魚だ。ご主人様のお世話はできまい。口惜しかったらお茶淹れたりお部屋の掃除でもしてごらん。

 ……えへへ、なんか私、奥さんみたいじゃん。とかお馬鹿なことをニマニマと考えつつ、ウリちゃんのお部屋に到着。

 ノックしても返事は無かった。

「いないのかな?」

 ん? でも鍵も掛かってないし、うっすらドアが開いてる。

「勝手にお邪魔しちゃうよ~」

 部屋は静まり返って誰の気配もない。部屋にはいないんだ。むう、散らかってるな。脱いだ服や靴をぽいって床に放置しないで。

「キミちゃんのご主人様は無精者ですねぇ」

 答えなどあろうはずもないのだが、上着をハンガーに掛けながら思わず呟いて、水槽の置いてある壁際を振り返った。

 あれ? 水槽がない。

「キミちゃんがいない……」

 ああ。そういえばあんまりガンガンぶつかるもんで、水槽のガラスにヒビが入って来たから新しい水槽を作ってるって、餌やりに来てくれるゴブリンさんが言ってたね。もう出来たのかな。

 しかし、ウリちゃんは何処に行ったんだろう。考えてみたらさっきまで着てた上着に靴があるってことは一旦帰っては来てたみたいだけど……。

 廊下で魔王様に会った。

「幼稚園はもう終わったのかな?」
「はい。魔王様、ウリちゃん見ませんでしたか?」
「自室にいなかったか? 執務室の方に来たが顔色が悪かったゆえ、休めと帰らせたのだが」
「部屋にはいませんでした。どうしたんでしょう。病気ですかね?」
「腹でも壊したか? 拾い喰いはするなよと言ってあるのに」

 ……魔王様、ユーリちゃんじゃあるまいし、幾らなんでもそれはないでしょう。せめてお腹出して寝てるからとかにしましょう……やん、ちょこっと想像しちゃったじゃない。色っぽそうな絵面。恥ずかしい~。

「何を照れておいでなのかはわからんが、私もウリエノイルに言い忘れたことがあったのを思い出してな。探しておるのだ」
「言い忘れたこと?」
「大したことではないのだが、あれが飼っておる魚を朝から預かっている。新しい水槽に移すとかで」

 何で魔王様が……とも思ったが、キミちゃんは誰に似たのか綺麗な見た目に似合わず異常に強暴だ。普通の人に任せたら腕の一本や二本は美味しくいただかれる。今までも多忙の宰相様に代わり、餌やり係にきた人たちが何人か齧られたらしいし。で、幼稚園に出勤したウリちゃんに代わり、魔王様が自分の部屋のでっかいバスタブに転送されたらしいのだ。

 魔王様のお風呂で泳ぐキミちゃん……怖い絵面が浮かぶ。

 二人でウリちゃんを探して歩いているうち、厨房のコック長が廊下で首を傾げていた。

「先ほど、ウリエノイル様がおいでになって。無言でゴミ箱の中を覗いて真っ青な顔でフラフラ出ていかれましたが……大丈夫ですかね?」

 なんじゃそりゃ。でもコッチへは来たんだね。

 んー、何だろうな、このモヤモヤした感じ。なんか色んなことが一つになりそうな気がするんだけど、いまひとつ纏らないというか。

「しかしウリエノイルも酔狂なことだ。あの魚はまだ私たちが子供の頃、食用に生きたまま連れて来られた、手のひらほどの魚だったのだがな。食べるのが可哀想だと泣いてな。以来ずっと飼っているんだ」
「え? キミちゃんって元々食用魚だったんですか?」

 ……。

 ぴきーん。ええ、わかりましたよ。ウリちゃんの全ての言動が繋がりましたよ。キミちゃんが部屋から消えた理由を知らないウリちゃんが、魚のお給食の後に水槽ごとないのを見たら。それ以前に、一度昼前に本を取りに部屋に戻ってるよね。その時にもキミちゃんがいなかったとしたら。その後に目の前にお魚の料理を出されたら。そして厨房のゴミ箱に似たような色の鱗が捨てられていたりしたら……そんでもって私もお魚食べたいとか思いっきり言っちゃったら。

 ……わかったけど、ウリちゃん、貴方に言いたい。

 あんたは幼児かっ! 何処の誰が宰相閣下のペットを食べますかっ!

 大臣の一人がお仕事の話で魔王様を呼び止めたので、この先は私だけで探すことにした。

「私は噛まれんが、ユーリが手を出すと危ないから、早々に水槽を運び入れて戻すと伝えておいてくれるかな?」
「はい。わかりました」


 探すといっても、どこにいるか皆目見当もつかない。行きそうな場所は既に見て回ったし、城からは出ていないと魔王様も仰っていたので近くにはいるのだろうが、あまり城の中をウロウロするのも自分が迷子になりそうなのでやめておきたい。

「えっと……ウリちゃんの所へ!」

 出してみました、転移陣。最近すっかり上手になったので、自分でも安心感ありますよ。

 着いた先は、風がびゅうびゅう吹いてた。

 え……ここって、魔王城の屋根っ! しかも一番高い所! ってか立つところがない~!

「ひええええっ!」

 とんでもない急斜面を滑り落ちるしかないんですけどもっ。

「ココナさん!」

 ふわんと体が浮いて、気が付くと空中で抱きしめられていた。ばさばさって風を切る音がするのは銀色の翼が羽ばたいているから。

「危ないじゃないか!」
「だって、探してたらここに出たんだもん」

 ぎゅっと掴ると、ふんわり柑橘系っぽい彼の匂いがした。

 空に浮いたまま、風に髪を靡かせてる白い顔はちょっと目の周りと鼻先が赤い。何だろう。なんか無茶苦茶可愛い。

「ひょっとして泣いてた?」
「な、泣いてなんか……」

 今ぐすって聞えたもん。お目めがうるうるしてるもん。

 きゅんとしてぎゅっとしてなでなでしたい衝動に駆られる。やっぱりこの人は放っておけないわと、改めて思う。こんなお空の上にいるのに。今どっちかっていうと助けられた側なのに。

「キミちゃんが食べられちゃったって思った?」
「前から食うぞって……食べ応えのありそうな大きさだって言われてたから、急にいなくなって本当に食べられてしまったかと……」

 誰だよ、そんなこと言ったのは。齧られそうになって咄嗟に言ったんだろうけど。思いっきり本気にしちゃってるじゃん。

「馬鹿。キミちゃんを食べたりしないよ。お魚だってあなたが大事に育てた家族でしょ? 新しい水槽が出来たから魔王様が預かってくれてるの」
「……良かった……」

 ふわんと一個下の屋根の上に着地して、ふとみると裸足のまんま。そういや靴脱いであったし、上着も脱ぎ捨ててあったからえらくくだけた格好のまんま。そんなに慌てて飛び出したんだね。ホントちっちゃい子みたい。

「お部屋に帰ろう。新しい水槽(おうち)にキミちゃんを入れてあげなきゃ。魔王様のお風呂が気に入っちゃって帰って来てくれなくなっちゃうかもよ」
「それは困る」

 もう一度私を抱いたまま、ウリちゃんが羽根を広げた。一番近くの窓まで飛んで帰るんだね。気持ちいいな、空。もっとずっと一緒にこうしていたいけど、それはまた今度。

 顔を見上げると、にこっと微笑が帰ってきた。良かった、ご機嫌直ったみたいだね。

 部屋に帰ると、前よりも一回り大きい立派な水槽でキミちゃんが何事も無かったかのようにすいすい泳いでいた。一緒にいるのに、今日はこっちを見ても歯を剥かないキミちゃんは可愛い。

 水族館で美味しそうという人がいないのと一緒で、水槽で飼われてる魚を見ても食べたいとは思わないよ、いくら魚好きの私でもね。

「キミちゃん、よかったね~。新しいお家だね」

 ぱくぱく。

 飼い主さんは泣きながら心配してたのに、長閑だね。

 この頃少し懐いてくれたよね。仲良くしてね、これからも。

page: / 13

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13