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大九龍編 - 4:森の狩人と五人の刺客

2015/02/10 12:52

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 まったく、抜け目がないというかちゃっかりというか。ただでさえヤバイ山を抱えているのに、掛け持ちになってしまった。
 だがこの状況で断って見捨てておけるほど冷酷にもなれやしない。そしてその事も知っての上だろうから余計に腹が立つ。
 一応確認の会話をしたのに、それでも向こうはこっちが気がついてるとは思ってないみたいだ。ってことは聴力特化のA・Hはいないな。夜視の利くものは限られてくるが、自分と同じように目のいい鳥類系A・Hなら見通しが良ければ百メートルくらいは表情まで余裕で見えるし、訓練されているものなら口唇の動きでも言葉を読み取るがそれも無い。だが薄暗い中でターゲットを確認してる以上は見えてはいるということだ。さっきの店屋のおっさんがつけてたみたいなスコープもあるだろうし、夜龍に発信機でも取り付けてあるという可能性もある。
 包囲は徐々に狭まって来る。上にもいるがどこも突出すること無く等間隔で。かなり統制はとれてるな。とすると訓練されたノーマルタイプなのか、はたまた腕力だけの戦闘タイプのA・Hか。
 なるべく自然に振る舞って、もし襲ってきたら速攻返り討ちにしてやろう。面倒事はさっさと終わらせたい主義だ。
「夜龍、ちょいと離れろ」
 こちらも少し隙を見せたほうが動くだろう。勿論注意は怠らないが。
 こういう時気の利く奴はやりやすい。夜龍は本当に頭がいい。こちらの思惑を読み取ったのか再び歩き出した。
「じゃあね。俺、アンタのこともう飽きたから」
「え……」
 ぷい、と顔を背けたかと思うと、ひらりと手を降って早足で追い越していく。逆にこっちは驚いて足を止める。
「絶対ついて来ないでよ」
 演技か。そういや夜龍は演技のプロだな。感じてなくても早く終わらせて尚且つ相手を喜ばせるために、それらしく大げさに振る舞うのも慣れてると言ってたな。いやぁ、そんなところで演技磨いてるのもどうかと思うが。そしてこっちも芝居を打つのは仕事上一応プロだ。
 男には一切興味のないおっぱいちゃん大好きとしては不本意ではあるが、もしずっと店を出た時から監視されてたなら一緒に行動してたから客か恋人だとでも思われているだろうか。今はフラれた男になりきるしかない。
 本当に、ほんっとおおぉに不本意だがな!
「おい、ちょっと待て!」
「しつこい奴は嫌いだよ」
 夜龍が振り返らず数メートル先に行った。良い判断だ、この通りは狭すぎると思っていたが、少しだけ広いところに出てくれた。
 ターゲットが一人きりになった途端、一気に動き出す包囲。一、二、三……五人か。一人は壁を伝ってるし、二人は建物の窓や庇を飛んで繋いでる。普通の人間ではありえない動き。A・Hかな?
 ごく自然に髪をかきあげる感じで両耳を出す。言わなきゃノーマルで通るほど外的な差異は無いのだが、片方だけ隠すように伸ばしてるサイドと前髪はフクロウ特有の真正面から見たら高さと位置の違う耳を隠すためだ。この位置の違う耳は音を立体的に拾える。これがフクロウが他の耳のいいタイプの動物と大きく違う所。獲物までの距離、情報、大きさ、動き……脳内に立体的に映像としてイメージが伝わる。ここは薄暗くて視覚にそうウェイトが行かない分、耳に神経を集中出来る。
 相手はターゲットである夜龍にしか注意をやってないだろう。その隙に足音を消し、素早く夜龍のすぐ側の建物の影に身を潜める。計算では全ての相手から死角になる位置だ。まあ目の前だったって余程の動体視力が無いとこの動きは追えないだろうがな。髪も皮膚も普通に見えるが構造はフクロウの風切羽根と同じ微細な溝になってる。さっきの店の特殊スーツじゃないが、この一張羅のジャケットも同じく空気抵抗を抑え、音を消す特別な生地であつらえてある。
 通行人はいない。建物の中の住人も顔を覗かせるでもない。たとえいたとしても目の前でひったくりがあろうが、誘拐されようが、犯されていようが関わらない。見て見ぬふりをする。それがこの街のもう一つの暗黙のルール。
 ここはグレート・クーロン。暗黒の迷宮なのだ。
 五人の内の一人が大きく動いた。夜龍の前方に潜んでた奴だ。行く手を遮るように目の前に飛び出した背の高い細身の男。全身黒ずくめでこの暗いのにサングラスを掛けてる。僅かにレンズの部分がチカチカしてるから、特殊なスコープだとみた。
 男は驚いたように足を止めた夜龍に向かって慇懃にお辞儀をした。
「お迎えに上がりました」
「は? アンタ誰?」
「先日、主人からお誘いの言葉とお手紙を差し上げた事と思いますが」
「ああ……あれね。悪いけど俺は誰か一人に飼われるのは好きじゃないからって、ご主人に直接返事したと思うけど? あの人あんまりしつこいから店も出入り禁止になっただろ」
 なんとなく事情は掴めた。客の一人が余程この魔性の蜥蜴にご執心らしい。で、そいつがつれなくされて強硬手段に出てきたってわけか。
 自分は懐柔する根回しをしてあるからチップくらいでフリーパスだが、夜来香楼は要塞並にガードが堅い。大事な「商品」を守るため何人もの屈強の戦闘用A・Hを置いてる。あの中にいるうちは恐らくクーロンの中で最も安全と言えるだろう。だから出てくるのを待ってたのだろうが、手段を選ばないA・Hの不当取引を専門とする闇市場あたりでなくて良かった。まあたかが一人のためにこれだけの人員を動かすんだから相当の大物なんだろうが。
「手荒なことはしたくないので、大人しく一緒に来ていただけますか?」
「んー、どうしようかな」
 俯いて爪先で足元に落ちてた石ころか何かで遊ぶような仕草。焦らしてイライラさせるのはお得意みたいだ。
「やっぱり嫌だな」
「では仕方がありませんね」
 その声に合わせて一斉に残りが動き出した。囲むように飛び降りてくる者、走り出る者。手にロープを持ってる奴もいる。女もいるな。
「俺一人のためにこんなに大勢でご苦労様だね」
 なあ、夜龍。ここにいるのがわかってるからだろうけど、何だその余裕の声。
 俯いていた夜龍が伊達眼鏡を外して顔を上げた。
 今まさに飛びかかろうとしていた奴らが一瞬動きを止める。薄暗がりに浮かぶ白い顔の、仄かに赤紫に光る目と口元に浮かんだ笑みに魅入られて。
 ごくり、と息を飲む音が聞こえた。
「や、やれ!」
 おお、すごいな。特に最初に出てきた黒服があきらかに狼狽してる。これってA・Hだからって能力じゃないよな。才能? それとも特殊なフェロモンでも出すようどこかを強化されてるんだろうか。今はそんな事はどうでもいいが。
 さて、そろそろ参りますかね。この蜥蜴姫様……男だが……に傷でもつけられたら夜来香楼のオーナーや客の大物達、薬屋の親父さんにこっちが殺される。
 そして今は依頼人だ。ボディガードを依頼された以上は全力でやる。
 まずは上から飛び降りてきたロープを持った小柄な男。猫のA・Hだな。
 音もなく忍び寄り首筋に一撃手刀を入れる。しばらく寝てなさい。そしてさっと身を隠す。
「な、何だ?」
 突然倒れた男に驚く他の四人。まだ気がついてないな。
 次はこれも猫っぽい女の鳩尾に回し蹴り。ゴメンな、お姉さんに蹴り入れるのは辛いけど早い目におねんねしておいた方が身のためだから。はい、二人目。
 そろそろ姿を表してもいいかなと思い、スピードを落としつつ三人目は髭のおっさん。こいつはノーマルかな? 手に銃を持ってる。麻酔銃かと思うが、危ないものを持ってる悪い子はお仕置きだ。銃を蹴りあげて飛ばした勢いのまま、顎にも入れておく。ぐっすり寝てなさい。
 最初に出てきたサングラスと夜龍の間に立つと、顔半分隠れてるのにものすごく焦ってるのがわかって面白かった。
「お前は……!」
「悪いが、こいつを連れて帰ってもらっちゃ困るので」
 問答無用で蹴りに行ったが、サングラスの男は紙一重でかわした。ほう、いくらスピードを三分の一くらいに落としてたとはいえなかなかのものだ。
「先程捨てられた元愛人が何を」
 おーい! 演技だからあれは。おもいっきり本気にしてやがるし! ってか愛人じゃないっ! 断じてっ、無いっ!
 頭にきたのでもう一撃行くがこれも交わしやがった。かしゃん、と音がしたのはナイフでも出したのか。
「邪魔はさせん」
「いいや、邪魔をさせてもらう」
 ノーマルかと思って手加減してたが、よく見たら鱗が見える。それに細い舌をチロチロしてるところを見たら爬虫類のA・Hみたいだな。舌でニオイを立体的に感知し、振動で距離を測るタイプとみた。
 一旦飛び退いて距離を取り、思い切り飛んで最速で頭を狙う。ナイフを振り回してきたのは相当の速度だったが、森の狩人をナメてもらっては困る。
 ばき、と嫌な音がした。顔面に直撃した靴底がサングラスを壊した音。ついでに鼻の骨も折れたかもしれないが、たぶん死にはしないんで勘弁しておけ。
「ひっ!」
 あ、そういやもう一人いたんだった。壁にくっついてた奴。
 小さく上がった悲鳴に夜龍の方を見ると、腕を捻り上げられた男が半泣きになっていた。あの夜龍さん、人間の手はそんな方向に曲がらないのですが。最初ひっぱられた時に地味に力強いなとは思ったけど、涼しい顔で腕、折りましたか。蜥蜴ってのそっとしたイメージだが、筋力はかなりのもんだもんな。それにその爪で引っ掻いたんだな。相手、五人の中で一番ボロボロになってるぞ? 気も失えずに気の毒に。
「こいつ、後ろから抱きつきやがったから。ああ、気持ち悪い」
 ……お前を捕まえようとしてたんだから当然だと思うのだが……。
 ヤモリのA・Hはこれ以上痛い目に遭うのは可哀想なのでトドメを入れておねんねしていただいた。
夜龍って強いじゃないか。いらなかったんじゃないのか? 手助けなんか。

 リーダーっぽい黒服サングラスを強制的に起こして、主人にもう二度と近づくなと伝言を託けた。こいつらは使われただけの手足だが皆なかなかの強者だろう。こうやられたのを見たらご主人様も少しは肝を冷やすのではないだろうか。
「手間取らせたね。これでしばらくは大人しくしててくれるといいな」
「ったく……涼しい顔して言わないで欲しい。お前じゃないが私も結構高いぞ」
 しっかり料金はいただくからな。しかも愛人扱いされたという不本意なおまけ付きなので別料金も乗せたいところだ。
 まあなんだかんだで十分もかからず終わったのでよしとしよう。
 何でも旧日本の自治区のお偉いさんらしいが、所詮は一般人だ。
「相手が闇市場とかだったらこんなもんで終わらなかったぞ」
「うん……」
 少し様子がおかしい。まさかまた?
「発作か?」
「……ゴメン、さっきから我慢は……してたんだけど……」
 我慢するなよ! 早く言えよ! 
 ああ、やっぱりいくら強くても一人にはなれないわけだ。ここを襲われなくて良かった。とにかくどこかで休ませないと。
 だが待ってはくれない者もいた。
 頭からすっぽり布を被った小柄な人影が近づいてくる。僅かに覗くその手の色と模様に見覚えがあった。

 カエル娘発見。

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