HOME

 

大九龍編 - 3:もう一つの目とおかしな服屋

2015/02/10 12:51

page: / 13

「大人しく寝てろよ」
「今調子いいし、昼間は暇だし。俺だってたまには外に出たい」
 現場に行く前に薬を届けに夜来香楼に寄ったのはいいが、何故か夜龍までついてきやがった。目も悪くないくせに伊達眼鏡を掛けてんのは、一目でそうとわかる目元を隠す変装のつもりなんだろうか。そのわりに腕が肩まで出た体の線のよくわかるスーツとかイマイチ色気が隠せていないんだが。
 一応親父さんの伝言を伝えたらいきなり用意をはじめたんで、おお、素直に家に帰るのかとおもいきや方向がぜんぜん違う。
「外に出るのはいいが何故ついてくるんだ?」
「面白そうだから」
 返す言葉がないというのはこういうんだろうな。嬉しそうに言ってんじゃない。
「それにザックは俺のこといやらしい目で見ないし」
「おっさんはむちむちバインな染色体XXの女にしか興味ないんだよ」
「胸をはって言わないでよ」
 いかんいかん、すっかり乗せられているじゃないか。極力危ないところに連れて行くのは嫌なので帰って欲しいのだが。
「遊びじゃないんだぞ」
「邪魔はしないよ。いい事を教えてあげる。危険を少しでも回避するための心得。『もう一組の目を持て』だよ」
「は?」
 よくわからない言葉の後、夜龍に腕を思い切り引っ張られた。細い腕だがかなりの力だ。その勢いでよろけたが、何かが肩を掠めたのは気のせいではないだろう。直後、前方の店のガラスが派手な音を立てて崩れ落ちた。
「こらー! 誰だこんなもの投げやがったのは!」
 店から怖そうな大柄の主人が石を片手に飛び出してきた。結構デカイ石だ。
「やべっ!」
 後ろで数人の子供の声がして走って逃げていった。手には投石用のスリングらしきもの。ついてきてるなとは気がついていたが、あんなものを持ってたとは。
 自分を狙ったのかは分からないが、夜龍が気づいてなかったら当たっていたかもしれない。離れたガラスを破った勢いの石は相当痛いだろうな。頭にでも当たってたら痛いで済まない。
「最近、悪ガキの間でああいう悪戯が流行ってるんだ。外から来た金を持ってそうな相手を見つけては昏倒させて身ぐるみを剥ぐ。ウチの店から出てきたからザックも俺の客の金持ちだと思われたんだろうね」
 夜龍は涼しい声で言ってるけど、これはイタズラで済まないぞ! 強盗ってか追い剥ぎじゃないか。当たりどころが悪かったら殺人だぞ。
 ガラスの割れた店には気の毒だが、痛い目に遭わなくてすんだ。子供だったがかなり正確な狙いだな。なるほど、もう一組の目の意味がわかった。
「誰かと一緒にいたほうが安全な事もあるよ。勿論俺もだけどね」
「……途中で倒れるなよ」
 帰れとも言えなくなったので仕方なく連れて行く。こいつ一人にしておいてどっかで発作を起こして行き倒れられても後味が悪い。変装してても色気駄々漏れだから変な奴に路地裏に連れ込まれる恐れもある。男だが客がいるって事はそちらの趣味の奴も大勢いるって事で。こっちも夜龍のもう一組の目になるしかないか。
 いや、そもそもこいつといたから襲われたんじゃないかというのに気がついたのはかなり経ってからだった。
だがこの夜龍の心得は、後々非常に役に立つこととなる。

 瑞林小路などと名はついているが、人一人がやっと通れるほどの路地だ。先日の北津小路からは近い。カエル娘はクーロン中を歩きまわってるわけでなく、この周辺にいると見た。何か目的でもあるのだろうか。
 生きてる以上は物も食べるだろうし寝るところも必要になる。依頼人のところから逃げるのに僅かばかりの金は持っていっただろうから宿くらいはとってるかもしれない。もう少し普通の娘だったら男のところに転げ込むっていうのもありだろうが、他人と接触を避けるためにそういうのは無いと思う。宿屋に聞きこみかな。
「この辺に宿屋はあるのかな」
「無くはないだろうけど安宿が多いのは反対側の地区だ。この辺はもぐりの学者が多く潜んでる」
 夜龍が言った言葉で、なんとなく娘がここを選んだわけがわかった気がする。試しに夜龍に訊いてみた。
「もし、お前が触れられただけで相手を殺すような体質だったらどうする?」
「そうだね、まずは人に触れられてもいいような装備を整えるか、可能なら手術でも受けて体質を変えるだろうね。そうしないと普通の仕事にもありつけない。まぁ仲介屋にどっかの組織に売り込んでもらって暗殺者にでもなるなら別だけど」
 やはりそう思うよな。自分もそう思う。
 触れてしまった者が倒れたのを見て、娘は驚いて逃げたという。愛玩動物として閉じ込められているのは嫌で自由になりたいと思ったかもしれないが、かと言って殺戮の道具になろうってほど気が強いとも思えない。依頼人も優しい大人しい娘だと言っていた。なら選択肢の内の前二つが有力になってくる。
「特殊素材の服を売ってるところにでも行ってみる? この近くだよ。実は俺もお世話になってる。背中の刺鱗に引っかかって普通の服だとすぐに破れちゃうから」
 ……なんだかんだで夜龍を連れてきて正解だったのだろうな。ってか思い切り仕切られてる。
 ほどなく雑居ビルの二階の店についたが、狭い店の中はごちゃっと物が吊ってあったり置いてあったりでもう何がなんだかわからない。
「いらっしゃいアルヨ」
 胡散臭げな店主が出迎えてくれた。よく太ったおっさんだがなぜ両目がサイトスコープなんだろう。それに腕が六本ある。ノーマルタイプだと聞いてたのに。 
「イェロンちゃん、眼鏡掛けてても相変わらず綺麗ネ」
「ありがとう。でも触らないでね。俺は高いよ」
 尻を撫でられて、妖艶に笑いながら店主の腕を一本もぎ取った夜龍。なんか怖いものを見たが、血も出ないし痛がってないから作り物の腕だったのか。
「アイヤー、つれないのも相変わらずだネ。今日は何をお探し?」
「こっちの旦那がね」
 うぃーんと照準器がこっちを向いた。柄にもなくビクッとする。うう、こういう人工的なものは非常に苦手だ。
「ステルススーツ、帯電スーツ、美女になれるスーツ、小型ミサイル出るの、なんでもあるヨ。こういう手足を増やせるヤツ、今特価。触ったカンジもリアルにわかるヨ」
 どういうシュチュエーションで着るのかわからない物ばかりだが、美女になれるやつってのはちょっと気になる。へえ、作り物の腕なのに触った感じもわかるならさっき尻撫でてたの……いやいや、そうでなくて。
「耐毒のはあるかな? 外からじゃなく自分の毒を外に漏らさない服」
「だ、旦那も毒持ちのA・H?」
 イマイチ表情がわからない店主だが、あきらかに怯えた色が声に浮かんだ。それに『も』って言ったな。
「だったらどうする?」
 笑いながら手を伸ばしてやるとびくっと身を竦めた店主。普通毒をもってるタイプのA・Hでも大抵は噛んだり吐いたり刺したりだ。触っただけでというのはまずいない。カエル娘を除いて。これは直接の接触者発見だな。
「私に毒はない。ひょっとしてこの娘?」
 写真を見せると、うんうんと頷いた店主。
「昨日来たヨ。逆はあるが流石にそういう用途の服は無いし、小柄な娘さんだったから今から裏返しの生地であつらえると返事したら喜んでたヨ。出てった後、表で酔った男が娘にぶつかって死んだネ。まさかそこまですごい毒だと思って無かったから怖かたアルヨ」
「あんたは触ってないだろうな」
 いきなり男の尻を触るおっさんだからな。若い可愛い娘だったら……あ、でも逆にそっちの趣味だったら大丈夫かな。それに生きてるから触ってないのか。
「採寸するのにチョット……これ着てて良かったヨ。でも怖いから昨日のは燃やして捨てたアル。小柄でもなかなかいい乳と尻だったアルヨ」
 ……触ったのか、やっぱり……しかもおっぱいもか!
 今日の夕方に防護服を取りに来るという娘。念のためこっちも耐毒性の手袋を買い、一旦店を出た。
「考えてみたら素手でこっちも捕まえようが無かった」
「ふふ、一緒に来て良かっただろ?」
 謎のように笑う夜龍。ひょっとして全て知ってて連れてきたのかな。それとも偶然だろうか。
 まだ仕事が終わったわけではないが、あちこち探しまわらなくても良くなった。さて、夕方無事に娘と接触することは出来るのだろうか。
「もうそんなに焦らなくても良くなった。時間が出来たね。お茶でもしていく?」
「……暢気だな、お前は」
 娘が寝泊まりしてる場所も突き止めたいのだが、夜龍の言うのも頷ける。焦ってどうなるものでもないし。
「そうだな、黄薬舗の漢方茶が飲みたいな」
 意地悪を言ってやると、少しむっとした顔を見せて足を止めた。
「俺だって……帰りたいよ本当は。どうせ死ぬなら家がいい。でも今は……」
 俯いた夜龍の言葉が終わるか終わらないかの時だった。
 このフクロウの耳に届いたもの。
 足音。それも一人二人じゃない。まだ数十メートル先だし通行人もいるだろうが四方から等間隔でこちらに向かってくるなんてありえない。
「あー、夜龍? ちょっと聞くがお前さん誰かに狙われてたりする?」
「うん。だから今家に帰ったら親父に迷惑かけるし、一人になるのが怖かったからザックに着いてきたんだけど。大丈夫、別料金払うから」
 ……オイ。仕事は手伝ってもらったが面倒事込みかよ。この何でも屋、アイザック・シモンズは依頼されたらボディガードでもなんでもやるが、せめて一つ目終わってからにして欲しかったぞ!

page: / 13

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13