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にゃんの日の奇跡再び

2017/02/24 09:05

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 ゆさゆさ。
 誰だ、私を激しく揺すって起こそうとしているのは。
「マユカ、起きて」
 この声は……なんだルピアか。まだ目覚ましは鳴っておらんし、昨夜は寝たのが遅かったからまだ眠ったばかりだと思う。子猫ちゃんは昼間寝てるかもしれんが私は逃走犯を追いかけるのに走り回ったから疲れて眠いんだ、もう少し寝かせてくれ。
「マユカってば!」
 耳元でうるさいな。何事だ。
 ……って、ちょっと待て。
 私の肩を揺すっている手が、子猫ちゃんにしては随分でっかくないだろうか?
 目を開けると明るかった。確かに電灯は消したはずなのに。もう朝? そして目の前にあったのは、金髪も眩しい若い男の美しい顔。
 途端に目がぱっちり覚めた。
「やっと起きた」
「――――お前、人の姿に戻ってるじゃないか」
 そういえば……昨日は21日だった。ということは、日付を超えて……にゃんの日! しかも2が3つ揃うにゃんにゃんにゃんの日!
 いつも一緒にいるのに会えない、最愛の男が目の前にいる。
「今回はちゃんと服を着ているのか。だが高級猫缶は食べてないのに?」
 別に裸でない事にガッカリなどしておらんぞ。
「いや、それどころじゃないから。元の姿に戻れたのは嬉しいけど、ここがマユカの部屋じゃないってことにはまだ気がついていない?」
 ん? なんだそれは。
 私は起き上がって辺りを見渡す。
 真っ白な壁、石の柱、この私が寝ていたベッドでもない固い石の台は……見覚えがある。
「ここって……」
「デザールの城だね」
「なんだと?」
 ちょっと待て。しかも、パジャマで寝たはずの私の格好も、ご丁寧にあの妙に露出の高い戦士の鎧に戻ってるじゃないか!
 ヴァファムの大女王を倒し、虫達は新しい世界に旅立って行って、私の契約は終了したのではないのか? 
 頭の中になぜかすごろくの板が浮かんだ。
 『振り出しに戻る』そんなマス?
「なぜだ、なぜこうなった?」
 混乱する私に、妙に冷静な表情の猫族の王は答える。
「にゃんにゃんにゃんの日だから?」
「……それはただの語呂合わせで、しかも日本でしか通用しないぞ?」
 思わずツッコミを入れたが、猫族の魔力が高まる日だと言っていたのはあながち嘘でも無かったことは今までのにゃんの日で実証済みだ。前回ルピアが人型に戻ったのはわりと最近、2月2日だった。『にゃんにゃんの日』だ。その前は11月22日。『いいにゃんこの日』。
 だが心配な事もある。
「日本に戻れるのか?」
「今回は僕が召喚したわけじゃないから。日付が変わったらたぶん帰れるよ。それとも夢かな? 一日だけだけど、どうせなら楽しまなきゃ」
 そう言ったルピアは嬉しそうだ。思わぬ里帰りだもんな。
 ふむ。どうせなら楽しむか……それもそうだな。私ももう一度ここに来たいと思わなくも無かったし。
「あー、ものすごく力が漲るよ」
 うーんと伸びをしたルピア。その人型のほうが本来の姿だと言っていたし、猫の姿のまま人の言葉も喋らずに我慢しているのはキツイだろう。
 ほんの少し胸の奥がちくんとした。
 一緒にいられるのは嬉しい。もう一生離さない、他の誰も愛さないと私は決めた。それでもこうして本来いるべき場所で本当の姿でいるほうがルピアにとっては幸せなのではないのだろうか。そう思うとこの男を不幸にしているようで悲しい。
 もうこのまま帰れなくてもいいんじゃないのかな……少なくともルピアだけは。
「マユカ何考えてるの? 僕は向こうにいても全然不幸じゃないいよ? 毎日ずーっとマユカと一緒にいられるんだから。置いて帰るなんて承知しないからね」
 めっ、とルピアに鼻先を突かれた。いつもは見下ろす側だが、今はルピアのほうが随分と背が高い。
「また心を読んだな」
「僕に隠し事は出来ないって言ったよ? だからそんな事思わないで」
 そうだったな。では一日だけだと信じて、久しぶりのこの世界を楽しむか。
「皆に会いたいなぁ……それぞれの国にいるだろうし無理かな」
「難しいかもしれないけど会えるといいね」
 ルピアとそう言い合って、では街にでも出るかと動き出した時だった。
 廊下の方が賑やかになった。数人の足音が近づいてくる。そして声も。
「何事か?」
「先程神殿から大きな魔力の波動を感じました。まさかまたヴァファムが?」
「確かめるぞ」 
 大きなドアが開いて、飛び込んできたのは数人の魔導師らしき団体と、もう一人。
 白にグレーの豹顔マッチョなそいつは……
「ゾンゲ!」
 難しいとか言ってたけど、いきなり会えたな。
「ルピア様! マユカ!」
 私達の顔を確かめるなり、ゾンゲはものすごい勢いで走って来た。
「どうしてここに? 異界に帰ったのでは無かったのか?」
「私達にもよくわからないが、おそらく一日だけだ。ああ、だが会いたかったぞゾンゲ!」
 思わず豹男にハグ。横でフーッとルピアが唸ってるのが聞こえたが構わない。
「俺も会いたかった。一時も忘れたことなど無い」
 どうしよう。柄にもなく涙が出そうだ。考えてみたらこちらの世界でルピアの次に付き合いが長いのがこのゾンゲだった。キレてバーサーカーモードに入ると怖いが、強くてマッチョで寡黙で家事が得意でおまけに猫、お婿さんにしたいナンバーワンだからな。
 がっしり抱きしめられて再会の喜びに浸っていると、すりすりっと手につかえた尻尾をむぎゅっと掴む。
 うおおぉ。やっぱ気持ちいいな豹の尻尾。もっふもふ。
「……相変わらずだな、マユカ」
 ちっ、逃げられてしまったな。

 私の中では一年半くらいしか経っていないが、こちらではすでにあの夜から三年の月日が流れていた。やはり時間の流れが違うのか。
 ゾンゲの説明によると、王であるルピアが向こうに行ってしまったので、今デザールは魚族の国ディラに習い、議会制に移行して何とか政治の方を回しているそうだ。
「ああ、それは良かった。すまなかったな、放り出して行ってしまって」
 ルピアも気にはしていたのだろう。ホッとした表情だ。
 ゾンゲは五種族の代表の戦士として私やルピアと共にヴァファムの大女王を倒したという功績から、今ではこの国の軍を束ねる将の最高位にあるのだとか。出世してるなぁ。
「今日はこの王宮の庭で武闘会が行われていて、各国から一同にこのデザールに集まっている。丁度その日にマユカが来たというのは運命なのだろう」
「ブトウカイ?」
「ああ。あちこちの国から腕に覚えのあるものが集まり、素手で体技を競いあう」
 踊る方の舞踏会じゃ無く戦う方なんだな。
 ほう。それは面白そうでは無いか。
 ヴァファムの脅威が去った今、せっかく手を取り合った各種族同士で争うのも良くないということで、戦争をやる代わりに汗を流そうと、本人も武道の達人である蛇族の国セープの王……リシュルの父ちゃんが提唱したのだとか。グッジョブだ、父ちゃん。まあお妃の方が強いらしいが。
 それに本当にラッキーだ。というより、確かに運命を感じる。皆に会える! 夢でもいいや、にゃんの日の奇跡に感謝である。
「グイルやリシュルも出場しているぞ。ミーアは選手としては出てはいないが鳥族の応援として来ている。他にもゲンやスイもいる。皆、マユカにまた会えたら泣いて喜ぶぞ」
「私も会いたいな。イーアは?」
「イーアは病気の兄を置いては来れんからな。だが時々手紙を寄越して来る。診療所の女医さんの手伝いをしながらディラで元気にやっているみたいだ」
「ああ、ヒミナ先生のところにいるのか。それは良かった」
 三年か。あのちっこかったお魚少年も大きくなったかな。会いたかったが仕方ない。
「ゾンゲ、お前は出てないのか? お前なら強いのに」
 ルピアが言うと、ゾンゲは少し照れたように肩を竦めた。何だかんだでゾンゲはルピアのことを尊敬していたし、ルピアはゾンゲのことを同族とあって一番信頼していた。
「俺は去年優勝しましたので、今年は出られません」
 へぇ! 去年優勝したんだ! やるじゃんゾンゲ。コツコツ鍛えるタイプだから、きっとあの後も毎日鍛錬していたのだろうな。それともキレたのかな?
「では早速皆に会いに行こう。応援してやらねば」
 立ち上がって出て行きかけると、ルピアが悪戯っ子のように言う。
「あ、ちょっと待って、マユカ。いい事を思いついた。どうせならマユカも出れば?」
「出るって……武闘会にか?」
 そこでルピア、ゾンゲ、私で作戦を立てた。
 ふふふ、これは楽しみだな。誰が勝ち上がってくるかな。

 最初はバレないように頭から布を被って変装し、客席で観戦することにした私とルピア。後でじじゃーんと登場して驚かせる計画なのだ。
 すでに武闘会は三回戦まで進んでおり、五種族の戦士に名を連ねていたグイル、リシュルはもちろん、元第一階級の幹部マキアイアだった傭兵上がりのオネェのゲン、セープ拳法の最年少タイトル保持者だったこちらも第二階級のネウルレアに寄生されていた白蛇のスイ君達は順当に勝ち残っている。
 ほう、鳥族はあのトミノとコシノに憑かれていた双子ちゃんが出てたのか。すばしっこく共に強いがどうもクジ運が悪いのか、一回戦でサキはゲンに、リキはリシュルと当たったのが気の毒だったな。また、この武闘会では獣化が禁止されている。
「ではぁ、これより三回戦いきまーすぅ。第一試合ぃ、今年の優勝候補の呼び声高いキリムの犬族グイル選手ぅ」
可愛い声の司会はキジトラ猫耳メイドのペペちゃんだ。あの戦いの際にはルピアを隊長とする耳かき部隊の副隊長として活躍してくれた。
「おう!」
 黒髪に灰色の犬……いや、狼の耳と尻尾も凛々しい大柄の犬族の軍人グイルがリングに上った。久しぶりだなぁ。相変わらずいい毛並みだ。あー、犬のモフモフもいいなぁ。
 わーっと歓声が上がる。人気者だなグイル。マッチョイケメンだしな。
「対するはぁ、こちらも全て数秒ノックアウトで決めてきた犬族のゲン選手ぅ!」
 うわー! 三回戦でいきなり知り合い同士か。しかも同族対決。これは見ものだ。
「はぁ~い! アタシ負けないわよぉん」
 きっついムキムキオネェが客席に投げキッスを振りまきながらリングに上った。久しぶりに見るが、またマキアに寄生されたんじゃないかと思うようなド派手厚化粧に戻ってる。流石にピンヒールでは無いが何だそのフリル付きの腰で結ぶブラウス。ヘソ出てるし。
「おっ、お前か……!」
 あ、グイルの尻尾がへにょんってなった。そういや苦手だったな。
「両者、前へ。構え」
 おおっ、審判は先祖返り蛇族のシュレさんではないか。彼も第一階級のスレカイアに憑かれていた。正直蛇の顔は怖いが、真面目なお侍のようなストイックな人だ。
「うふふん、やっぱワンちゃんは好みのタイプねぇ。押し倒してあげてよぉ」
「させるものか」
 構えて対峙したムキムキオネェと犬耳マッチョ。
「始め!」
 シュレさんの合図で試合がはじまった。
 重そうなパンチで攻めるゲンに対し、グイルは回し蹴りを繰り出す。アレだな、少しでも距離を稼ぎたいと見た。
 両者共にいい動きでなかなか勝負がつかない。観客は大興奮だ。
「あっ!」
 だが突然勝負は大きく動いた。正統派ファイターのグイルに対し、ゲンは傭兵としての経験から戦略に長けている。上段蹴りと見せかけてフェイントで軽くグイルの足を引っ掛けて体勢を崩させることに成功した。
 そのまま体当たりでグイルを引き倒し、ゲンが押さえ込みに入る。グイルもデカイがゲンは更にデカく力が強い。差し詰め四トントラックと八トンダンプくらいの差だ。両手首を押さえ込み、馬乗りになったゲンにグイルは逃れる術を無くした。
 なんつーか……武道というよりものすごくイケナイものを見ている気がするのだが……?
「ムフフぅ、ここで頂いちゃおうかしらぁ?」
 おーい、ゲン。この観客いっぱいの中で頂くなよ? グイル半泣きになってるから。
 審判の手がゲンの方に上がりかけた時、何とか身を捩り、ゲンの腹に片足を掛けたグイル。そのまま思い切りよく蹴り上げ、ゲンを投げ飛ばした。
 ちょっと違うが、アレだ。巴投げに似てる。やるじゃんグイル!
 その途端に審判シュレさんの手がグイルの方に上がった。勢い余ってリングの外に出てしまったゲンの負け。
「やったぁ!」
 横でルピアもパチパチ手を叩いて喜んでいる。ゲンちゃんに唇を奪われた事があるもんな。ルピアは断然グイルの味方だったようだ。
 負けてもあっさりしたゲンちゃんは、くねっと起き上がって、お辞儀するとくねくねと腰を振りつつグイルに投げキッスを送った。
「次はベッドの上で戦いましょうねぇ~。今度は勝つからっ」
「断固拒否するっ!」
 なんか色々と怪しい事になっていた一試合目が終わり、二試合目の開始を告げる声に客席から一斉にご婦人方の黄色い声が飛ぶ。
「きゃーっ!」
 その声を受けて……蛇族セープの王子様リシュルが登場。
一見ひょろっとした優男だったリシュルだが、上品そうな佇まいはそのままに、少し逞しくなった気がする。こりゃモテるわな。
 鳥族の選手と中国拳法のような身軽な戦いを繰り広げ、あっという間にスマートに勝利したリシュルに再びご婦人方の声援が掛かった。
「ステキー!」
 そんなうっとりした声にニコリともせず、早々にリングから降りたリシュルは相変わらずだ。ってか、セープ王にますます似てきたな。
 その後、美少女ようだった白蛇少年スイ君は小柄なままだがちょっと男の子らしくなっていた。こちらも危なげなく自分の倍ほどもある犬族の選手をノックアウト。
 後の試合に知り合いはいなかったが、良い動きをしていた。
 あー、早く皆に声を掛けたい。ウズウズするなぁ。
 三回戦が終わり、次は準決勝というところでルピアが見知った顔を見つけた。
「あ、ミーアだ」
 何っ? どこどこ?
 こちらの世界で妹みたいに思っていた鳥娘は今どんな風になってるんだろうか。
 ルピアに指さされた先に真っ赤な髪のスタイルのいい後ろ姿が見えた。くるりと振り返ったのはあの時のまま、少しも変わっていない少しキツめの綺麗な顔。だが……
「あれ、自分の子かな?」
「……マジか」
 一歳くらいだろうか、可愛らしい子供を抱いているではないか。そういや元第二階級のチャラ男ルミノレアに憑かれていたサーカス団員のリールといい仲になっていたと聞いたな。ってかその子、リールにソックリなんだけど?
 へぇ、そうですか。もう結婚したんだな。しかもママになってるってか! お姉ちゃんはビックリだよ! 私はまだ独身だと言うのにな。
 まぁ同棲はしてるけど……猫と。
 少しの休憩の後、準決勝が始まった。
 第一試合はグイル対スイ。ネウルに憑かれていた状態だったが、グイルは一度スイとやりあっている。弱点も知っている。なかなか良い長い試合だったが、体格差もありグイルが辛くも勝利した。
 第二試合はリシュルと背の高い魚族の青年。どこか、ノムザルンカスに憑かれていた青年に似ている。そういえば、ノムザはどうしたのだろう。あの生真面目で義理堅い性格だ、きっと寄生を解けば宿主の青年が死ぬとわかっていれば、そのまま残っただろう。なら世界に残った唯一のヴァファムになったのでは無いのだろうか――――。
 意外にも動きの早い魚族。準決勝に残ってくるだけの事はある。リシュルもかなり苦戦していたが、結局勝利を収めた。
 ということは決勝は五戦士のうちの二人、グイルとリシュルか。去年の優勝はゾンゲだったらしいし、やはり各種族最強というのは間違いでは無かったのだな。
 楽しみだが、どちらを応援するわけにもいかない。
「どっちも応援すればいいじゃない。僕はどっちが勝っても嬉しいよ」
 ルピアの言う通りだな。
 あー、早く名乗り出たい。グイル達も覚えていてくれてるかな?
「それではぁ、いよいよ決勝戦ですぅ! グイル選手、リシュル選手ぅ、前へ!」
 ペペちゃんの司会に観客席がわーっとどよめいた。
「がんばってくださーい! きゃーっ!」
 主にうるさいのはリシュルの登場に湧いているご婦人方。これ、やりにくかろうな、グイル。王子に勝ったらどうなるんだろうな。
「ワンちゃーん、アタシに勝ったんだからぁ、負けたら承知しないんだからぁん」
 ……まあある意味黄色い声援は飛んでるがな、グイルにも。ごついオネェから。
 周りの声など気にした様子もない二人は、リングで対峙し爽やかに握手を交わしている。なんかいいな、スポ根物みたいで。五戦士の中でも良識派の二人が決勝で当たるとは。
「一度手合わせしたいと思っていた」
「俺もだ」
 初めてなのか。この全くタイプの違う二人が戦うのって。
「始め!」
 腰を低く落とし、拳を構えたグイルと、片足を上げ、片手を頭上にもう片手を胸前にと拳法の型のような構えのリシュル。いよいよ決勝戦が始まった。
 直線的な動きだがスピードが上がってるな、グイル。対するリシュルは滑らかな羽毛のような動きで華麗に躱す。強い者同士の戦いは見ていても気持ちがいい。
 わあわあと観客達も興奮状態。
 これは長い試合になりそうだな……そう思っていた通り、どちらも決定打が出ずなかなか勝負が動かない。
 だが長引けば、スタミナのあるグイルには有利だ。最初は身軽に動いていたリシュルの動きが少し鈍くなってきた。
 隙きを見て、先程の試合でゲンが見せたようにフェイントをかけ、蹴りで行くと見せかけて拳で突きに行ったグイル。
「ぐはっ」
 細い体に思い切りグイルの重いパンチを喰らい、リシュルが身を折る。
「いやーっ!」
 ご婦人方から悲鳴があがるが、すかさず横から蹴りに入るグイル。
 リシュルにもまだ余力はありそうだったが、ギリギリのところで戦っていたため、足が場外に出てしまった。グイルはこれを狙っていたのかもしれない。
「勝負あり!」
 審判の手が上がり、決勝戦の勝敗が決した。
「勝者、グイル選手!」
 わーっ! と上がる歓声と同時にあー、と残念そうな声も上がる。
 どちらもすごかった! 私は感動したぞ。
「やっぱり強いな」
「お前もな」
 再び握手を交わしたリシュルとグイルに惜しみない拍手が送られる。
 ゾンゲが司会のペペちゃんの所に何か言いに行き、こちらに目配せした。
 さて。そろそろ行くかな。
「あー、ここでここで飛び込みの挑戦者ですぅ! 今回の優勝者グイル選手、そして前年度優勝者のゾンゲ選手に挑もうという猛者が現れました! どうしますか? 挑戦を受けますか?」
「はぁ?」
 グイルはぽかーんだ。
「俺はやるぞ」
 客席がどよめく中、ゾンゲはやる気満々だ。それを見て、グイルも再びリングに上がる。
「まあ……いいけど」
「それでは、挑戦者、入場!」
 呼ばれたので私も頭から布を被ったままで駆け足でリングに上がる。
「え? 女?」
向こうでグイルがものすごく微妙な顔をした。ゾンゲは私だと知っているので無表情のまま。まあそもそも豹の表情などよくわからんが。
 そこで、ばさっと布を脱ぎ捨てる。
「久しぶりだな、グイル。優勝おめでとう」
 よっ、と手を上げて挨拶すると、グイルがカッと目を見開いた。
「マユカ! 本物か?」
「ああ。よくわからんが戻ってきた。久しぶりに手合わせ願おう」
 私は腰を落として構える。それを見て、二人も構えた。
「二人まとめてかかってこい」
「行くぞ!」
「おう!」
 ゾンゲ、グイルの二人が息もぴったりに向かってくる。
 時が巻き戻ったかのようだった。
 辛い戦いもあった。大変な事もあった。だが、こいつらと一緒に戦っていた時、私は楽しかった。こうして一緒によく鍛錬したな。
 流石に瞬殺とはいかなかった。
 左右に別れてかかって来た二人。いい間合いだった。
だが悪いな。お前達のクセはよく知っている。私は一度でも対峙したことのある相手は忘れない。
 右から来たグイルの拳はほんの少し掠めたところで腕を掴み、一教返し。続いて左から来たゾンゲの爪は一撃は躱して二度目で懐に入り大外刈り。
 一分もかからずリングに伸びた前年と今年の優勝者に、客席はぽかーんと沈黙だ。
「くぅ……」
「くそっ、相変わらず半端ない強さだなマユカ」
「日々鍛錬をしているからな。お前達も強くなったな、ゾンゲ、グイル」
 最初にこのデザールで五人まとめてかかってきた時は、かすりもしなかった二人の攻撃。だが微かに掠めたグイルの拳の痕、ゾンゲの爪の痕がヒリヒリ痛い。
 しばらくして、わーっと客席が沸いた。そして駆け寄って来たのはルピアと、ミーア、リシュル。
「マユカ!」
「猫王様も! どうして?」
 懐かしい顔がすぐ近くにある。子供をぽいっとルピアに預け、ミーアが抱きついてきた。
「会いたかったよぉ!」
「私もだ、ミーア。ママになってるなんてびっくりだ」
 リシュルは少し悔しそうに言う。
「マユカとやれるんなら、食らいついてでも勝ったのに」
「いい試合だったぞ、リシュル。また腕を上げたな。しかもすごい人気じゃないか」
 募る話もあるが、ここは武闘会のリングの上。
 後でゆっくり話そうと言うことでその場を離れた。

 グイルの表彰式を待って、久しぶりのデザールの城の会議室。
 思えば王様のルピアに紹介されて最初に皆に会ったのはここだった。
 ゾンゲ、グイル、リシュル、ミーアの五戦士の面々をはじめ、ゲン、スイ、サキ、リキ、シュレさん、それに耳かき部隊のメイドちゃん達まで勢揃いだ。
 わいわいガヤガヤ。イーアがいないのが本当に寂しいが、最後の決戦に一緒に臨んだメンバーがほぼ揃っているここは、差し詰め同窓会場。
「また会えるなんて思わなかったわよぉん。なによぉ、全然変わってないじゃないのぉ」
 こちらでは三年経っているが、まだ向こうでは一年半くらいしか経っていないしな、ゲン。
「で、で? 猫王様と仲良くやってるの?」
 ミーアはそれが気になるご様子。
「まだ向こうではルピアは子猫だからなぁ……」
「えー? ナニソレ」
 でも幸せだぞと言おうとしたところで、会議室のドアが開いてもう一団入ってきた。
「マユカ!」
 えっ? 
「マナ! チイナ! リール! どうして?」
 ミーアの旦那であるリールはともかく、コモナレアに憑かれていてこちらの大陸では仲間として戦っていたマナや、軽部と一緒にいたベネトルンカスだったチイナにまで会えるとは。
 彼等にももう一度会いたかったし、別れの挨拶も出来なかったのが心残りだった。
「今日の武闘会の余興にウチのサーカス団が呼ばれてたのよ。客席で観てたら最後にマユカが出てくるんだもの驚いたわ」
 こっちも驚いてるぞ、マナ。
「どうやって来られたの?」
「向こうの世界にはな、猫が奇跡を起こす日があるんだ。だから皆に会いに来れた」
 そうだよな、ルピア。
 いっぱい話して、いっぱい笑った。皆、私が普通に表情を浮かべるのが不思議なようだった。共に戦った仲間は、離れていようとも忘れられないものだ。時の流れも関係なく、まるで昨日まで一緒にいたかのように過ごした。
 それでも楽しい時間はいつまでも続かない。
 私の体内時計が正しければ、向こうではそろそろ日付が変わる。
 それを証拠に、突然私とルピアは金色に輝き始めたではないか。
「シンデレラタイムは終了のようだな」
「また、帰っちゃうの?」
「えー、もっと一緒にいたいのに」
 皆の顔がぼやける。最後に、こちらにゾンゲ達が手を伸ばしているのが見えた気がする。
「また……来る」
 私はそう言い残して、目を閉じた。
 
 夢だったのかそれとも本当ににゃんの日の奇跡であちらの世界に行っていたのかもわからない。目覚まし時計の音で目が覚めると、子猫のルピアを抱きしめて、戦士の鎧でなくパジャマ姿で私は自分の部屋のベッドにいた。
「……デザールに行ってた」
「僕もだよ。皆元気そうだった」
 ルピアも言うが、一緒の夢を見ていたのかな?
「また会えるかな?」
「にゃんの日にまた帰れるかもしれんぞ」
 いいな、にゃんの日。
 また懐かしい皆に会いに行きたい。
 

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まいるどタブレット小説 Ver1.13