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バレンタイン

2017/02/24 09:05

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ゆらゆら。
 金色子猫ちゃんが最近お気に入りのテレビの前に陣取って尻尾をゆっくりと揺らしている。どうやら猫族の王ルピア・ヒャルト・デザール・コモイオ七世様はご機嫌麗しいようだ。
 近頃寒いからか外に出たがらないので、出勤時はもっぱら私一人だ。留守番は寂しいのか平日はしょんぼりしていることが多かったが、今日はそうでもないようだ。
「何か面白い番組でもやってたのか?」
 そう訊くと、くるんと首だけ振り返って、ルピアが言う。
「マユカ、今日は何の日か知ってる?」
「お前の誕生日でもあるまい?」
 なんとなく言いたいことはわかったので、遠回しに誤魔化しておく。
「さっき女の子が好きな人に贈り物をする日だって言ってた。えーと、ちょ……? 」
「……チョコレートだ。お菓子メーカーの策略により一大行事になってしまっただけなのだがな。」
「マユカは誰かにあげるの?」
「まあな。署の殿方達に義理チョコ程度は配るが」
 毎年やってる事だしな。藤堂さんとかいいものお返しにくれるし。
「上杉にも?」
 あ、なんかチビにゃんの目が怖い。同僚の上杉巡査には妙に敵対心剥き出しだしな。
「一人だけやらんわけにもいかんだろう。心配するな義理でやるだけだ」
「や、ヤキモチなんか妬かないからねっ!」
 とかいいつつ、フーッとかいって毛を逆立ててるのはどこのにゃんこだ?
 今度は遠回しに作戦を変えてきたルピアにゃんこ。
「チョコレートというものは美味しいのかなぁ?」
 ……来た。
「マユカの本命はもちろん僕だよね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、僕にもくれるよね?」
 やりたいのはやまやまなのだがな、ルピアよ。
「お前は今何だ?」
「マユカの同棲中の恋人だよ」
 間違ってはいないが、もっとそれ以前の問題として訊いたのだがな。
「そうでなくて。人の姿の時はともかく、お前は今完全に猫だろう。知ってるか? 猫がチョコを食べると中毒を起こして大変なことになるのだぞ。特にそんなちっこい体で食べた日には確実に病院送りだ。下手したら死ぬぞ? また獣医に行きたいのか?」
 そう。猫にチョコは厳禁なのだ。人間には大丈夫でも犬猫にとっては毒なのだ。
「獣医……!」
 ざざざーっとルピアが後ずさった。上杉以上の天敵が近所の獣医さんなのだ。
 いくら本当は人間だとはいえ、さすがにこのチビにゃんを人間の医者には連れていけない。一応予防接種や定期検診には連れて行っているのだが、どこからどう調べてもまるっきりの猫だった。
 ちなみにかかりつけの獣医はイケメンの先生と美人の受付さんで、大変人気がある。
 可愛い可愛いとルピアは先生に非常に気に入られてはいるのだが、先日ちょっと元気が無かったので診察を受けた時に、ルピアは大きなトラウマを抱えてしまったっぽい。
「――――あそこで僕は何か大事なものを失った気がするんだ」
 しくしく言いながら顔を伏せた子猫にゃんは哀愁が漂っている。
 犬や猫の体温を測るのは脇に挟むわけにもいかず、体温計をぷすっと尻の穴に入れて……それが大層ショックだったらしいのだ。気持ちはわからなくもない。
「猫なんだしいいじゃないか」
「これでも頭の中身は二十代の男なんだよっ!」
 ぺそっと床に伏せて敷物みたいになってしまったルピアがちょっと気の毒になってきたが、 そろそろ出勤しないとマズイな。
「まあ、そうだな。特別に仕事帰りにラッピングしてリボンかけたスペシャル猫缶鯛味でも買ってきてやるから。いい子で待ってろ」
「わーい。チキン味でもいいよー」
 案外簡単にご機嫌がなおった猫王様だった。
 ……そんなわけで私、東雲麻友花のバレンタインは今年も色気のないに日になりそうだ。

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