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第一話

2015/02/25 13:56

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 逢いたくて、あなたに逢いたくて。気が狂いそうなほど逢いたい。
 その力強い腕で抱きしめて欲しい。
 広い胸の温かさも、髪の手触りも、優しい声も、息遣いも、汗の匂いまで、貴方の全て何もかも思い出せるのに。でも今この指先が触れる事は無い。声を聞く事も出来ない。
 羽ばたく翼があったなら、今すぐに空を渡って行けるのに。
 貴方を探してどこまでも行けるのに。
 羽根を失った今、籠の鳥のようただ窓から空を見上げることしか出来なくて。
 自由に空を舞う鳥に嫉妬すら覚えるから、飛べない空などもう見たくはないから。地にこの身を縛り付ける恐ろしい顔を見たくはないから。この目も塞いでしまうよ。
 また乱暴な手がこの体を撫でる。聞きたくない声が耳元で上辺だけの愛を囁く。打ち込まれた楔が体内で蠢き、全てを腐らせてしまうような熱い毒が注ぎ込まれる。死にたいほど嫌なのに、求めるようにそれを受け入れる自分が一番嫌で。いっそ身を引き裂かれた方が辛くはないと思える時間がまた朝まで続く。
 でも、ああ、今日も貴方はどこかで生きている。それだけはわかるから。
 生きてさえいれば、いつかきっとまた逢える、それだけを信じて。
 還って来て、還って来て。

 だけど怖くもある。こんな惨めな姿を貴方にだけは見せたくないから。



 逢いたい、君に逢いたい。叫びそうなほど君に逢いたい。
 この腕にそっと抱きしめたい。
 力を籠めれば壊れてしまいそうな細い体、透き通るような肌、光を固めたような髪、歌自慢の小鳥より美しい声も、花咲くような笑顔も、香りも、君の全て何もかもが思い出せるのに。今ここに君はいない。触れることが出来ない。声を聞くことも出来ない。
 全てを捨てて走って行けるなら、万里も超えて君の元に駆けつけるのに。
 君の命が懸かっているから、それは出来ない。捨ててはいけない。
 先に死んで楽になった者を羨ましく思えるほどの酷い戦場。剣が閃き、切り裂くたびに飛沫が上がり大地を赤く染める。累々と重なった躯を踏みしめ、掻き分け、それでも前に進む。
 ただ違う国に生まれたというだけで、何の恨みもない名も知らぬ者を斬り捨て命を奪う。彼等にも待っている家族も愛する人もいるだろう、それでも。立ちはだかる者全て、自分が生き残るためだけに傷つける事が出来る自分が一番嫌だ。悪魔と呼ばれようが構いはしない。いつ果てるともわからない戦の中、陽は落ちまた昇る。
 ああ、だが今日も君はまだ生きている。それだけはわかるから。
 生き残りさえすれば、いつかきっとこの手に取り戻せる、それだけを信じて。
 還りたい、還りたい。

 だが恐ろしくもある。こんな血塗られた姿を君にだけは見せたくないから。


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まいるどタブレット小説 Ver1.13