終話
2014/11/27 14:40
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今晩も褥に呼ばれ、僕はベッドに腰掛けたご主人様に口でご奉仕する。まだ少し太い張り型を受け入れることが出来ない僕は、こうしてご主人様を宥めるしか出来ない。でも二つあるご主人様のモノはなかなか満足してくれない。
少し顎がだるくなるけど、時間をかけてこうしてる間は、ずっと近くにいられる。触れていられる。
大好きなご主人様の声。ご主人様の体温。ご主人様のニオイ。
その間ご主人様は僕の背中の羽根を撫でている。優しい手つきで、ずっと。
「お前のこの羽根が好きだ。闇の色が本当に綺麗だ」
時折羽根に口付けさえしてくれる。その言葉やご主人様の指の感触が嬉しくて、つい頬が緩んでたのに、この頃笑えない。
胸が痛くて、涙が溢れそうになる。優しくされればされるほど辛くて。
僕の想いは告げてはいけない。僕は物だから。物はご主人様に特別な感情を抱いてはいけないのに。もっともっと好きになってしまったら、もっともっと辛くなるだけ。
それに。
『王家や王子に何かあったらどうするのかしら』
『そんな不吉なもの、切り落としてしまえばいい』
侍女達が言ってた言葉が、ずっと抜けないささくれみたいに刺さってる。
泣くだけ泣いたら涙は枯れてしまったと思っていたし、ご主人様の前で暗い顔をしてちゃいけない。だから努めて笑顔でいようと思うのだけれど、時々ひどく悲しくなって、顔に出てしまうみたい。
「どうした、何故泣く?」
「え……僕泣いてなんか」
「涙が出てる」
ご主人様が僕の顎を持ち上げて自分の方に顔を向け、綺麗な指が僕の目尻をつぅとなぞった。
「どうした? この頃元気が無いように見える。誰かに悪く言われたか? 嫌がらせをうけているのではあるまいな? そうだったら正直に言いなさい」
間近の金色の蛇の目が僕を映す。泣きそうな顔の僕がご主人様の瞳のなかでこっちを見てる。
「言いなさい、クレノ」
もう一度ご主人様は言ったけど、僕は告げ口なんかしたくない。
「ご主人様、お願いがあります」
「何だ?」
「僕の背中の羽根を切り落としていただけませんか」
「何故?」
「ご主人様に不幸が訪れないように。きっと迷信なんかじゃない、僕のこの黒い余分な羽根は周りの人を破滅させる。僕が嫌われるのはいい。でもご主人様が悪く言われるのは嫌です。ご主人様が不幸になるのは嫌……」
精一杯声を絞り出した。また涙が溢れそうだけど必死でこらえた。
「何を言ってる? やはり何か言われたのか?」
「いえ……その……」
ご主人様が怖い顔で立ち上がった。
「では訊こう。お前のその羽根が余分だというのなら、私のこれも切り落せば良いのか?」
「そんな! そんな事誰も!」
「同じだと言ったはずだ。私とお前は同じだと。だからその言葉は私に言ったも同じなのだぞ」
ああ、僕はなんて事を言ってしまったのだろうか。
僕は物なのに、ご主人様に意見などしてはいけないのに。ご主人様を怒らせてしまった。僕が黙っていれば済んだことなのに。
「今日はもういい。下がれ」
ご主人様を怒らせてしまった。なんて愚かなのだろうか、僕は。
次の日もその次の日も僕は呼ばれなかった。
ご主人様は僕の事をもういらなくなってしまったのだろうかと思ったら、悲しくなって涙が止まらなかった。
僕はまた捨てられるのかな。何も出来ない、用も無い者を置いておくほどご主人様だって寛大では無いと思う。そう思うと食事さえ僕には勿体無い気がするし、なんだか食欲もない。
「この頃ずっと悲しそうなお顔ばかり。よければわけを話してください。私は誰にも告げ口などしません。話せば気が楽になるかもしれませんよ?」
マーサさんには心配ばっかりかけて本当にすまないと思う。彼女はとても信頼できるし隠し事をしたくないので、ご主人様に僕が酷い事を言ってしまった事、それで怒らせてしまったことを話した。
「ふふふ……なぜもっと早くに言ってくださらなかったの?」
彼女はなぜか笑って僕を抱きしめてくれた。
「気を遣いすぎなのですよ。ユシュル様はクレノ様に怒ってなんかいらっしゃいません。今少しお忙しくしてらっしゃるの。だから何日かお部屋にお呼びにならなかっただけですよ」
「そうなの?」
「ええ。でもそろそろお辛いでしょうから、今日あたりお呼びになりますよ」
わあ! 本当だ! ぱーっと気持ちが楽になった。
ご主人様に会える、ご奉仕して差し上げられる。そう思うと嬉しくなった。
マーサさんが言ったとおり、夜に僕はご主人様に呼ばれた。というより、ご主人様が僕の部屋においでになった。
部屋に入ってくるなり抱きしめられた。
「クレノ、クレノ……!」
少し酔っているのか、お酒のにおいがする。
「会いたかった、やっぱりお前でないと駄目だ!」
「ご主人様?」
顔が近づいてきて、口唇が重なった。とても性急で乱暴だったけど、こんなふうに直に口付けされるのは初めてで、息の仕方もわからなくて苦しかったけど、それ以上に嬉しくてそして胸が痛かった。
貪るように長く口付けた後、ご主人様は少し落ち着いたのか僕のベッドに腰掛けられた。ご主人様のお部屋の方に行きましょうかと言ってみたが、ここがいいとまた僕を抱きしめて離さない。
なんだかとても苦しそう。
「体が辛いのですか?」
離してくれたら慰めて差し上げられるのに。でもご主人様は僕をきつく抱きしめたまま。少し手が震えてるように思う。
「見合いを勧められた。形だけでもいいから妻を娶れと、これも務めだと」
心の何処かで、何かにヒビが入った気がした。マーサさんがご主人様が忙しいと言っていたのはこの事だったのか。
でも……そうだよね。ご主人様は王子様だもの。
「だが私は誰も選べなかった。私は気がついてしまったんだ」
ご主人様?
「愛してる。お前を愛してる自分に。もう他の誰もいらない」
ああ。
ひび割れたものが、大きく砕け散るのがわかる。
それは言ってはいけないのです、ご主人様。
「愛してる、クレノ。お前はどうなのだろう?」
「僕は……ご主人様をお慕いしております。この世で一番大事な方です。でも……それは僕がご主人様の所有物だから。僕は買われて来た奴隷だから。奴隷にとってご主人様は絶対の存在だから」
「なん……だと?」
どん、と突き飛ばされてベッドに放り出された僕を、ご主人様が上から押さえつける。
ご主人様の目が怖い。
僕はなにか間違った事を言ったのだろうか。また怒らせてしまった。
「お前は人として、私を愛してはくれぬというのか?」
そんなこと無い! 大好きなのに! 愛してるのに!
「なぜ返事をしない?」
でも僕にはそれに答える事は出来ないから。お願い、わかって……。
手早く僕の服を剥ぎ取る手。されるがままに任せるしか無い。僕にやめてと言える資格などないのだから。
「もう待てない。抱くぞ、よいな」
「自分の物をどうされようとご主人様の自由です」
僕は素直にそう言ったのに、ご主人様の顔に更に強い怒りが浮かんだ。
「ほう、お前は人では無いというのか? 物だというのなら悲しみも喜びも愛も感じないというのか?」
くるりと体を返され、腰を掴み上げられたと思うと、ご主人様は乱暴に自分のものを宛てがった。
「痛みも何も感じないというのか?」
慣らしもしていない、油も何もない状態で、後ろから突き上げてきたもの。
体が二つに裂けてしまうのではないかと思うような痛みに、叫びそうになったが枕に顔を押し付けて声をこらえた。
痛い……痛い……でもご主人様が僕の中に……。
「なぜ声をあげない?」
ギザギザしたご主人様のものが動くたび、僕の中を削りとっていくみたいで、もう痛みすら通り越して焼けた鉄でも差し込まれているようにしか感じない。
羽根をグイと引っ張られ、目の前が真っ白になった。細い翼の骨から嫌な音が聞こえた気がする。
「――――!!」
叫び声を上げたつもりだったが、声にもならなかった。
羽根を握ったまま、ご主人様が僕を揺さぶり続ける。くちゅくちゅと水っぽい音が耳につく。もう、痛みすら感じなくなってきた。
「なぜ怒らない? なぜ私を責めない?」
ご主人様の声は怒ってる。
「ぼ、くは……ご主人さまの……」
動かれるたびに熱い痛みが走る。
でもほんの微かに感じる、この痛みとは違う何かは。
「も……のだ、から」
「まだ言うか!」
ぐい、と更に押し広げられ、ぶちぶちっと裂ける音が聞こえた気がした。二本目が入ってきたのだとわかった時、堪えていた声が漏れてしまった。
「あ、あ、あ、あ」
言葉にも叫び声にもならない声。
どのくらい時間が経ったのかももうわからない。気を失いかけては、羽根を引っ張られるたび、体の中に熱いものが注ぎ込まれるのを感じる度にまた引き戻される。
多分目を開けてると思うのだけど、もう……暗く霞んで見えない。
体に打ち込まれた二本の楔が引き抜かれた。
ごぼっ、と何かが体から流れでた気がした。ご主人様の精の臭いと血の臭い。
「クレノ?」
ご主人様が……呼んでる。返事しないと。
もう、怒りは収まったのかな……やさしい、声。
でも……返事の声が出なくて。
「すまない、私は何ということを……!」
遠いご主人様の声は涙が混じってるように聞こえた。泣いてる?
僕に謝るなんて駄目……そう言いたかったけど声は出ずに僕の意識は遠のいていった。
「クレノ様、クレノ様!」
頬をピタピタ叩かれて、なんとか目を開いた。
「良かった……」
この声はマーサさんだ。
ずっと開けっ放しだった口からは、息をするたびにひゅうひゅうと音が漏れる。
うつぶせのままだったのを、なんとか身を返せたけど、体中が痛くてだるくてまともに動けない。
少し身を起こされたが、くらくらして目の前が霞む。少し動いただけででも腰の骨がみしみしいうし、強く引っ張られた背中の羽根は片方だらんと下がったまま畳めない。もう何処が痛いのかもわからないけど、折れてるかもしれない。
目を遣るとベッドも僕の腿も血だらけで、少し乾いて赤黒く染まっていた。
「動かないでください、今、治癒魔導師を呼んできますから!」
泣きながら慌ててるマーサさんに、首を振った。
「ご主人……さま、は?」
やっと少し声が出た。
「あなたを殺してしまったかもしれないと泣きながらおいでになって……今ご自分の部屋で落ち着いてもらっています」
ご主人様、僕は生きてるから。大丈夫だから……泣かないで。
なぜだろう。僕は死ぬほど痛い目にあったのに、少しもご主人様のことを憎いとか嫌いだと思えない。
やっぱり僕は……ご主人様が好き……。
傷に薬をつけてもらい、折れていた羽根に添え木を当ててもらった。簡単な魔法を使う魔導師が治癒魔法をかけてくれたので、痛みは少し引いたけど、自分の部屋にいるというご主人様のところにまで歩いていけたのは午後になってからだった。
こんこんってしても返事は帰ってこなかった。扉を開けると、ベッドじゃなくて長椅子にもたれかかるようにご主人様が眠っていた。
そーっと近づくと微かに眉を寄せたので、起こしてしまったのかと思ったけど、またすうすうと穏やかな寝息が聞こえてほっとした。
きっと泣きつかれたのだろう、涙の筋の残る頬に、胸がぎゅっとなった。
マーサさんが僕は大丈夫だってご主人様に伝えてくれたらしいから、安心したら眠くなっちゃったのだろうか。それとも前のテーブルにお茶の器があるから、気の利くマーサさんが落ち着かせるために薬草でも入れたのだろうか。
なんて穏やかなお顔。起きてる時と全然違う少し子供っぽくも見える柔らかな印象を受けるお顔。初めて見た時はすごく冷たい感じだったのに。そして怒ったときはあんなに怖かったのに。
よく考えてみたら、僕はこんなにじっくりとご主人様の寝顔を見たことはないかもしれない。まだ少し湿ってるみたいな睫毛が、白い頬に影を落としているのに見惚れる。
愛しくて、切なくて、どうしていいかわからないほど好き。
痛くても、辛くても許せてしまうのは、本当に好きだから。
額に乱れた髪が掛かってるのを直そうと手を伸ばして、はっとして手を止めた。
ご主人様があんなに怒ったわけがわかった。
『私は気がついてしまったんだ、お前を愛している自分に』
ご主人様はそう言ってくれたのに。僕は拒否してしまった。
僕はご主人様を好きだと思った時、胸が痛くて辛くて仕方がなかったのに。
ご主人様も辛かったのに。
傷ついたのは僕の体だけじゃなく、ご主人様の心も。
傷つけてしまったのは僕の方。ごめんなさい、ごめんなさい。結局僕は自分の事しか考えていない愚か者だ。
でも、僕はまだ身分という殻を壊すことが出来ない。
超えてはいけないものもあると自分に言い聞かせて。
治癒魔法というのは知ってはいたけれど、五つの種族の中でも猫族に次いで魔力の強い蛇族、そしてお城に仕えている魔導師だけあって凄いものだった。僕の折れていた羽根は二・三日で治った。
あれからも変わらず僕はご主人様にご奉仕している。
初めてが無理矢理ではあったけれど、一度通ってしまえばもう後はちゃんと下準備をし、ほぐしてからなら僕の体はご主人様のモノを受け入れる事が出来るようになった。但しマーサさんの遠慮ない「絶対に片方ずつ」といういいつけは、ご主人様が守ってくれたので、痛い思いはしてない。
それどころか……僕も快楽というものを覚えるようになったので、恥ずかしいけど口でご奉仕するよりいい。
あれから僕の事を愛してるとは一言もご主人様は言われない。
そして僕をかき抱く最中でも、どこか覚めた冷たいお顔なのは、僕が心からご主人様を受け入れていないと思っておられるからなのだろう。
それが少し切ないけれど、僕はご主人様にご奉仕する物であって対等に愛してますと言える相手じゃないのだと割り切れるからいっそ楽かもしれない。
今日はマーサさんがお休みで退屈だし、ご主人様は朝から国を視察に馬でお出かけになった。また前の侍女たちに会ったら嫌だなとは思ったけれど、夕刻一人で広いバルコニーに出て、ご主人様がお帰りにならないかと外を見ていた。
夕日に照らされてオレンジ色に染まる城下の町。山々に囲まれたこの町はきっちりと整備され、城を中心にした放射状に広がっている様が、じっちゃの家の梁に張られていた蜘蛛の巣みたいに見えた。
森の木に囲まれていた鳥族の村とは全然違う都会。でも僕はそこを歩いたことはない。まあじっちゃの村でも夜ほんの少し表に出ることがあっただけで、ずっと篭っているのはかわらないのだけど。
そして僕は多分一生どこかに閉ざされたままなのだろう。鳥籠に入った小鳥のように。だって僕はご主人様の物だもの。
城の正門に向かって大きな通りがある。そこを数頭の馬が駆けて来るのが見える。その先頭の背に、待ちわびる姿を確かめ、胸がぎゅっとなった。
「ご主人様だ」
思わず声を上げてから、僕の隣に誰か居るのに気が付きはっとした。とても綺麗な女の人。侍女じゃない、綺麗なドレスを着た女性。
「すごいのね。遠いのに見えるの?」
その人が微笑んで言ったので、怖い人じゃないと思って僕も安心した。
「鳥族は目がとてもいいんです」
「……クレノさんかしら?」
「はい、そうですけど」
女性は微笑んだまま。でも何かすごくぞくりとする怖いものを感じた。
「なるほどね、その色気であの方をたぶらかす破滅の鳥はあなたなの」
……何? この人何なの?
「立派な羽根をお持ちだものね。でも飛べないのよね?」
どん、と強く肩を押され、次の瞬間に体がふわっと浮いたのを感じた。
僕に見えるのは赤く染まった夕空だけ。高い高いお城のバルコニーから突き落とされたのだと瞬時に気がついた。
鳥族の羽根はほんのすこし浮くことは出来ても飛べない……。
大きな羽根のついた両腕を思い切り動かす。ほんの少し落下がゆっくりになっただけで落ちているのは変わらない。えーと、八階だったっけ? 落ちたら死ねるかななどと長閑な事を考えながら、懸命に羽ばたいていた時、馬の蹄の音が近づいてきた。
「クレノ――――ッ!」
ご主人様の声!
その時、急に落下が止まり、体が空にとどまるのを感じた。僕は無意識に背中の羽根を広げていたのだ。
ばさ、ばさと自分の四枚の羽根が風を捉える音。先日折れた片羽が少し動きが悪いけれど、それでもちゃんと羽ばたいてる。
流石に飛んでバルコニーまで戻ることは出来ないけれど、そのまま飛んでゆっくりと下に降りることは出来た。
降りたのはお城の正面の広場。丁度目の前で馬が止まった。
ご主人様が駆け寄ってきて僕を抱きしめる。
「綺麗だった……天から神の使者が舞い降りてきたのかと思った」
「僕……飛べました」
「人の倍の羽根があったからだ。良かった無事で……」
久しぶりに見る優しい笑顔のご主人様。驚かせてしまってごめんなさい。
「縁談を断った良家の姫だ。お前のせいだと侍女達に吹き込まれたと」
僕を突き飛ばした人は、嫉妬からあんな事をしたのだとわかった。あんなに綺麗なお姫様。本当ならご主人様にお似合いの奥方になられただろうに。
「あの……あの方を責めないであげてください」
「お前を殺そうとしたのだぞ?」
「でも僕は怪我一つ無く生きてます。侍女もきっとご主人様の事が心配でそんな事を言ったのだと思うので、どうか責めないであげてください」
別に綺麗事をいったわけじゃない。本心からだった。
まだご主人様は納得出来ない顔をしておられたけれど、しばらくしてご主人様がぽつりとつぶやいた。
「私は地位も責任も何もかも捨ててしまいたい」
「ご主人様……何を」
「やはりお前は破滅の子なのかもしれない……何もかもが私を狂わせる。全てをすて、この身が滅びようとかまわない、お前だけいれば」
どこかで聞いたことのある言葉だった。
僕はひょっとしてこうやって愛する人を破滅させるのだろうか。
「僕……ご主人様が不幸になるのは嫌です」
また夜僕は抱かれている。今日は色々あったからか、少し不機嫌なご主人様はかなり乱暴だ。
「あ、ああ……!」
「その声が聞きたかった。その顔も……」
僕は既に達してしまったが、ご主人様はまだ止まらない。
いつもは羽根が邪魔になるからと後ろから顔の見えない状態で抱かれるのに、今日は僕は上を向かされて足を大きく広げられてる。時折背中の畳んだ羽根が圧迫されるのでさえ、快感に変わるのが不思議。
「お前が愛おしくて、苦しくてどうしていいのかわからない。どうすればこの想いは伝わる? こうして抱いてもお前は同じ高さで私を見てくれない」
だって……ご主人様は僕の所有者でご主人だもの。僕は見上げることは出来ても同じ高さに立っちゃいけないから。
僕も苦しいのです、ご主人様。愛おしくて息が詰まるほど苦しい。
「もう、覚悟を決めたのだ。今日こそ、お前に私の想いを全て告げてわかってもらう。いい加減奴隷と主人という殻を割ってもいいだろう?」
そんな……僕だってわかっているけど、でも……でも!
「お前は一人の存在であって、物ではないのだ。どうか私の名を呼んでくれ」
「や、やああ!」
前も刺激され、また達してしまった。こんな向かい合った状態だったらご主人様を汚してしまうのに……。
「覚悟を決めたといっただろう? もう私は何もかも捨てていい。周りから見て不幸に見えても、私はお前さえいれば幸せだから、だから!」
突き上げながらご主人様は訴え続ける。
「ご、しゅ……じん、さ、ま」
息をするのさえ苦しくて、気が遠くなってもご主人様の動きは止まらない。
「名前で呼べ」
「だ……め、ごしゅ……やああぁ!」
ただでさえもう絶頂を何度も迎え、過敏になりすぎてる体に、更に激しい突き上げが加わった。
度を越した快感は既に苦痛でしかなく、きつく閉じている筈の瞼の裏にチカチカと光が点滅する。昇り詰めてももう吐き出すものもなく、篭ったままの熱は頭の中を焼き切りそう。
「ユシュルと呼べ」
「ユ、シュル……さま」
何とか声を絞り出すと、激しい突き上げが止まった。
「私を愛しているか?」
言いたい。好きです、愛してますと。でも僕はそれは言ってはいけないんだ。親方が言ってた、僕は物だと。物はご主人様を好きになっちゃいけないんだ。もう名前を呼んではいけないという約束は違えてしまったけど、それでも……!
黙ってると、ずると一旦引きぬかれたご主人様のモノが一気に奥まで勢い良く入ってきた。しかも二本同時に。目の前に赤い色が広がる。
「ひっ……! ああああ!!」
「愛していると言え!」
命令……そう、これはご主人様の命令……。
「あい……し、て……ま、す。まえ、から…‥…ずっと」
言って……しまった……。
お腹の中に熱い物が注ぎ込まれるのがわかる。終わった……?
月明かりに照らされ、ぼうと霞んだご主人様の顔が微笑んだ。今まで見たこともない優しい顔で。それは幻だったのかもしれない。そして、
「ああ、これで私はお前に堕とされた。だが……幸せだから」
そんな声が聞こえたのも。
僕はそのまま柔らかで優しい暗い闇の中に沈んでいった。
「クレノ」
誰? 僕を呼ぶのは。
朝日の中、目を開けて最初に見たのはご主人様の顔。穏やかな微笑みを浮かべて僕を真っ直ぐに見てくれる金色の目。
「ごしゅ……」
ご主人様と言いかけたら、指で口を塞がれた。
ああ、そうだった。
「ユシュルさま」
「おはよう、お寝坊な小鳥さん」
僕とご主人様がお城を抜けだして二月。でもまだみつかってない。
マーサさんは時々手紙で近況を知らせてくれるけど、黙っててくれてる。
僕は王子様の人生を破滅させた。でも至って破滅させられた人は幸せそうに笑っているので、思い切って殻を破ってよかったのかもしれない。
卵から孵って、初めて見たものを鳥は愛すべきもの、親だと認識する。
色んなしがらみの殻を割って僕は今生まれたばかり。
だから最初に見た顔は愛すべき顔。金色の蛇の目の愛しい人。
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