第二話
2014/11/27 14:39
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次の日、僕はいつもの水あびだけじゃなくて、温かいお風呂で石鹸を使って全身を綺麗に洗われ、伸びっぱなしの髪に櫛を通して結ってもらい、ふわりと柔らかい布で出来た清潔な服を着せてもらった。背中の羽根も腕の羽根も邪魔にならない、背中の大きくあいた服。少しは僕もよく見えるだろうか。
檻にはもう戻されなかった代わりに、首には細い皮の首輪がつけられた。
お客さんが来てくれるのを待ってるのは、ドキドキして緊張するし、僕のこの羽根をみてやっぱりいらないって言われたらどうしようとも思うけど、楽しみでもある。僕が売れたら親方はまた他の売り物を買いにいけるし、お酒も飲める。とても良くしてもらったから、少しでも恩返しがしたいのに。
なんだか親方が余所余所しくて目を合わせてくれない。時折窓の外を見てはため息をつくのが少し見てて辛い。
「来たぞ。クレノ、粗相のないようにな」
犬族なので親方はとても耳が良い。僕には聞こえなかったけど、馬車が近くで止まる音がしたらしい。
しばらくして、一人の身なりの良い背の高い男の人がやって来た。
親方よりは若くて細い。短く整えた淡い紫の髪と輝くような金色の目。とても精悍で綺麗な顔だけれど、見ただけで凍りそうなほど冷たい印象を受けた。
「今日はお忍びで?」
「ああ、御者以外は誰も連れてきていない」
親方とこの人は知り合いみたいだ。着てる服や佇まいが普通の人と全然違う。すごくお金持ちなんだろうか。
「ほう、これか」
無言で親方に親方に背中を押され一歩前に出た僕を、その人は頭の先から足の先まで舐めるような視線で見た。こんな目を見たことがある。じっちゃの家に入ってきた蜥蜴がネズミをじっと見てたあの目。
「なかなかいい」
声も冷たい感じだった。
「綺麗な子でしょう。残念ながら女じゃないですが、口技だけはきっちり仕込んであります。きっとご満足いただけると思いますよ」
「ふん、余計なことを。だがよくみつけたな」
「但し少しばかり難ありでしてね。気になさらなければ良いのですが」
親方が肩を持って、背中を見せるようにくるっと僕の向きを変えた。
「これは……二対羽根か。しかも黒とは珍しい」
「二対羽だけでも気味悪がられる上、白系しかいない村で生まれた黒羽根なんで、鳥族の中では破滅を呼ぶ忌み子として蔑まれておりました。親からは孵った途端に捨てられ、物好きな年寄りが拾って育てたんですよ」
「ふん、迷信深い田舎の物知らず達が。親は白でも先祖に黒がいれば代を隔てて生まれる事もある。他の種族でも多肢や多指の者は珍しくない。それと同じだというのに」
「どうです? お気に召さなかったら他を探します。それとも値引きで?」
「いや気に入った。難ありというより、魅力か付加価値な気がするぞ」
親方とお客さんが難しい事を言ってるけど、そういえばじっちゃもいつも同じことを言ってた。この羽根は僕の魅力であって、恥ずかしい事じゃない、悪い事じゃないのに何故皆わかってくれないんだろうって。じっちゃと同じ事を言うこの人は、いい人なのかもしれない。
そう思ったら嬉しくなってニコニコしてると、もう一度くるんと僕を自分の方に向けて睨んだ。
やっぱりこの人ちょっと怖いかもしれない……。
「脱げ。全部見せろ」
冷たい声で言われ、親方の方を見ると、うんうんと頷いただけだった。
折角着せてもらった綺麗な服を脱ぐ。裸は恥ずかしいけど、僕は売り物なのだから、お客さんは隅々まで見てから買うに決まってる。
「一応鳥族の基準では成人してますが、下は未通ですよ。あ……多分」
「これだけの器量でか? 確かめさせてもらう」
そう言ったと思ったら、いきなりお尻をぐいと広げられて、真ん中を指で突かれた。
「っ……!」
驚いたのと痛かったので声を上げそうになって慌てて口を手で抑えた。
「なるほど、これは未通だな。気に入った、買おう。言い値の倍出してもいい。すぐに連れて帰ってもいいな?」
「毎度あり。旦那、どうか優しくしてやってくださいよ」
何枚かの書類にお客さんがサインしている間、親方が小さく僕に言った。
「クレノ、元気でな」
「本当にありがとうございました。親方の事は忘れません」
「いいや、忘れろ。これからはあの方がお前の主人だ。主人のことだけ考えて後は全部忘れるんだ。そして幸せにおなり。いいな?」
親方は言うけど、僕は忘れないと思う。親方の事も、じっちゃのことも。
「……はい」
とてもあっさりした別れだった。
こうして僕はご主人様の元に買いとられた。
黙って僕の首輪についた紐を引っ張るこの人が今日からはご主人様。
蛇族だという以外、僕には何も知らされなかった。
真っ白の馬に引かれた外の見えない馬車に乗せられても、ご主人様は何も喋らない。ただ向い合って座っているだけ。がたごとと揺れる馬車の車輪の音と馬の蹄の音だけが聞こえてくる。
僕の髪は羽根と同じで真っ黒だけど、ご主人様の髪はお花みたいな綺麗な紫。すっと高い鼻に細い顎。とても綺麗な顔につい見惚れそうになったが、あまりジロジロ見ては失礼かと思い目を逸らして下を向いていると、突然ご主人様が喋った。
「……クレノ、だったな」
「はい。でもご主人様のお好きな様にお呼びください」
親方が大抵奴隷を買ったら主人が新しい名前をつけると言ってた。
「いい。折角誰かがお前につけてくれた名前なのだろう? その名を大事にするがいい。私はユシュルだ」
ユシュル様……素敵なお名前だ。でも名前を口に出すことはないだろうから、ご主人様ってずっと呼ばないとね。
ああ、でも僕の名前を大事にしろって言ってくれた! じっちゃがつけてくれた名前。親方もいい名前だって言ってくれた名前。ご主人様はやっぱり優しい人なのかな。
胸がドキドキする。これから僕はどんな仕事をもらえるのだろう。そしてご主人様の家はどんなところなのだろう。他にも人がいるのかな? 僕を見て気持ち悪いって言わないだろうか。
お屋敷の下働きに出されて返さえて来た他の人が、奴隷は仕事以外は家にほとんど入れずに外の小屋で寝起きすると言っていた。だから僕もそのつもりだった。ひょとしたら店でもそうだったように檻にいれられるのかもしれない。そう思っていたのに。
馬車が止まった。着いたのかな?
降りたのは、想像していた以上の場所だった。
きっちりと整えられた石畳の広い道。目の前には大きな石の壁がずーっと向こうまで続いてる。その向こうは大きな大きな石の建物だった。空まで届きそうな高さで、何階あるんだろう。見上げてたら首が痛くなりそう!
「わあ、絵本で見たお城みたい……」
思わず子供みたいな事を言ってしまい、恥ずかしくてご主人様を見ると、表情は変わらないままだったが、くすりと笑う声が聞こえた。
「本物の城だからな。このセープの王城だ」
え? ……王城って……王様の住んでいる所。王様は国で一番偉い人だ。僕だってそのくらいは知ってる。
その時僕は閃いた。目の前にあるのはお城だけれど、ご主人様の家だとは限らない。きっとこの近くに別のお家があって……。
「どうした、行くぞ」
でも僕の首の紐を軽く引っ張ったご主人様は、お城の門を指さしている。アーチ型の門の前には鎧をつけた二人大きな男の人が手に槍を持って立っているが、その人達もご主人様に頭を下げている。
わけがわからなくて、僕は混乱しきっていた。
この方は……僕のご主人様って一体……。
「ここは裏門だ、今日は内緒で出たからな。表門からは流石にな」
ほんの少し悪戯っ子のようにご主人様が言った。
「お帰りなさいませ王子」
門番の人が頭を下げる。その人達に口の前で指を一本たててしーっとやったご主人様は、さっきまで感じていた冷たい感じがしなかった。
「王子……様?」
「私か? ああ、そうだが」
少し気が遠くなってきた。
もう何も言えなくて、ただ黙って着いて行くしかない。
どのくらい階段を上がっただろう。今までこんなに長い事歩いたことが無いというくらい歩いた気がする。僕は息が切れて仕方が無かったけど、ご主人様は慣れてるのか平気みたいだ。すごいなぁ。
やっと階段が終わって広い広い廊下に出た。この廊下だけでじっちゃの家や親方の店より広いのではないだろうか。もうあたりをキョロキョロしながら僕は多分口を開けっ放しだったと思う。
しばらく行くと、紺色の地味なドレスにエプロンの少し歳のいったおばさんが立っていた。
「ユシュル様、そちらは?」
「買ってきた。今日から私の相手をさせる」
「……またですか」
「まあそう言うなマーサ。部屋を用意してやってくれ。この子は普通の服が着られない。背中の開いた合いそうなのを何着かも見繕ってくれ。それと私の部屋にお茶を」
「かしこまりました」
色々と一度にご主人様は言ったけど、一言で返事するおばさんに関心して、見ていた。
すごいな、僕もああいうお仕事をするのかな? 出来るのかな? 多分僕はぼーっとしてるから余程頑張らないと無理だろうな。
沢山のドアがあったけど、突き当りの一際大きなドアの前でご主人様が足を止めた。
「ここが私の寝所だ」
ドアの向こうは、僕が今まで生きてきた中で初めて見る豪華な部屋だった。ふかふかの毛足の長い敷物に、キラキラ光る宝石みたいな照明、飾り格子のはまった窓、奥には天蓋のついたベッド。
多分またぽかんと情けなく口を開いていたであろう僕を、ご主人様は豪華な布張りの椅子に掛けさせた。
すぐに先程のおばさんがお茶を持ってきた。その器の一つとって見ても、初めて見る綺麗なものだった。
「クレノ、彼女はマーサだ。覚えておきなさい」
マーサさんと教えられた人は、優雅にお辞儀をした。僕も慌てて頭を下げる。
「クレノ様ですか。ではお部屋をご用意してまいります」
さっさと出て行っちゃったけど、僕にまで様をつけてくれなくていいのに。
僕に何の指示も出さず、お茶を飲んでいるご主人様に声を掛ける。
「僕は何をしたらいいのでしょうか?」
「何もしなくていい」
あまりに短い返事だった。
「え?」
「私が呼んだらこの部屋に来るだけで、後は好きなようにしていればいい。城壁の外にさえ出なければ、庭に出ようが歩き回ろうが自由だ。学校に行っていなかったと聞いたが、もし学びたいなら教師もつけよう。食事はお前の部屋に持って行かせるし、身の回りの世話もマーサにさせる」
「……」
まだちょっと頭の整理がつかない。僕は奴隷として売られてきたのでは無かっただろうか?
僕はまだ何もかも理解できなくてフワフワしてる。ひょっとして、自分でも気が付かない間に僕は死んでしまってて、今は天にいるのでは無いかと思うほどに。
マーサさんが呼びに来てくれて、僕の部屋だという所に案内してくれた。ご主人様はお仕事があるから、夜になったら呼ぶとだけ言ってどこかに行ってしまった。
ご主人様の部屋の半分も無いが、とても大きな立派な部屋だった。ベッドも見ただけでフカフカで、固い木の寝台や床で寝る時はうつぶせか横を向かないと背中の羽根が痛くて眠れない僕でも普通に眠れそう。
「何か不便があったら遠慮なく仰ってくださいね」
「そっ、そんな! 僕……こんなにしてもらって本当にいいのでしょうか? 僕、どんな仕事でもするつもりで来たのにこんな……」
そう言うとおばさんは声を上げて笑った。
「ほほ……失礼。いいのですよ、本当はもっと贅沢をして頂いてもいいくらい。ユシュル様のお相手をするのはとても大変ですよ。それこそ掃除や雑用をする私達の何倍も大変。次の日起きられない事もあるでしょう。今まで命を落とした者もおります。あなたも華奢だから心配だわ」
うーんと、ますます混乱してきた。僕の仕事って本当に何なのだろう。ご主人様はそんなに難しい方なのだろうか? 命を落としたって……ご機嫌でも損ねてお手打ちにされたのだろうか?
ちゃんと親方のところでお風呂に入ったけど、もう一度お風呂に入れられた。自分で洗うと言ったけど、マーサさんが泡で丁寧に洗ってくれた。
「綺麗な羽根ですね」
背中の羽根を撫でるように洗いながらマーサさんが言ってくれた。嬉しいな、やっぱり他の国だとこの羽根も何も言われないんだ。髪も何もかも全てスッキリといい香りになった頃、突然言われた。
「中も綺麗にしましょう」
「中?」
「王子のお相手をするのだから、ちゃんと綺麗にしないと」
そう言って、先の細い長い口のついたガラスの急須みたいなのを持ってきた。中には薄緑の液体が入ってる。
「薬草が入ってますから、お腹が痛くなりませんよ。力を抜いて」
床に手を着いてお尻を持ち上げるというすごく恥ずかしい格好にさせられ、何をされるのだろうと思ったらぷすりと口をお尻に刺された。
「!」
何? すごく気持ち悪い! ツルツルで細くて先が丸いから痛くはないけど、ものすごい違和感。液体が入ってくるのがわかる。中って体の中のことだったんだ! お腹の中を洗うの?
「あら?」
しばらくしてマーサさんが手を止めた。
「鳥族のことはよくしらないのだけど、あなた……ひょっとして初めて?」
「何が? えーと今の何か入れたのなら初めてです」
「そうじゃなくて……」
その後トイレでさっきのお薬を出した。本当は綺麗な水になるまで何回かやるらしいけど、今回は一回で終わった。なぜなら、
「ちょっとユシュル様に文句を言って来ます!」
マーサさんがぷりぷり怒りながらご主人様の所に行ってしまったから。
でも凄いことを聞いてしまった。女じゃない僕がお相手をするということは、お尻でご主人様を受け入れなければならないということ。口でも結構大変なのに、こんなところで……。
でもこれが僕の仕事なのだ。ご主人様を気持ちよくしてあげるのが。それに少しづつ慣らしていけば大丈夫だってマーサさんは言った。
また練習なんだ……。
だけど。
ここにご主人様のモノを……そう考えた時、怖いけどお腹の奥のほうがぞわぞわっとするような、少し嬉しいような不思議な感覚に襲われた。
「マーサに叱られた。お前を殺す気かと。だからしばらくは口で我慢する」
夜、初めてご主人様に呼ばれた。
「ご奉仕させていただきます」
親方と何度も練習したので嫌悪感はない。むしろやっとご主人様のお役に立てる事が嬉しかったので、僕は張り切っていた。
下履きも全部脱いでベッドの端に腰掛けてるご主人様の前に跪く。床だけどふかふかの敷物があるので気持ちいい。上の寝間着で隠れているので失礼してめくると、それは現れた。
えーと、ご主人さまのモノ……比べてはいけないのだけど、親方のほどは太くない。僕よりは相当大きいし長いけど……でも形がちょっと違う。何というか少しギザギザしてる? いや、でもそれはどうでもいいんだけど……なぜ二本あるのだろう。
「驚いてるか?」
「あ、いえ……」
ダメだ、失礼だよね。
「蛇は元々雌雄ともに二つの性器を持っていた。今、蛇族であっても他の者は違うが、王家の人間は血が濃い。そのせいか、私はここだけ先祖返りしてしまったようでな。おまけに何日にもわたって交わり続ける精力まで引き継いでしまったから、少しでも溜め込むと体の不調が出る」
そうか。ご主人様も大変なんだ。元気でいてもらうためには僕が頑張らないと!
「同じだよ、クレノ。お前の羽根と私のこれは同じ。だから私はお前を選んだ。一つ多いしよくないことのほうが多い。私も好き好んでこのような淫らな事はしたくないのだ。だが持って生まれたものは仕方がない」
同じ……。
僕とご主人様が同じ。
その言葉を聞いた時から、僕の中に小さな火が灯っていたのだと思う。
ほぼ毎晩、僕はご主人様にご奉仕した。
最初は冷たい印象をうけた顔は、だんだん優しげになって来たと思う。
「お前の羽根が大好きだ。だから私の事も好きになってくれるか?」
ご主人様がそう言ってくれたのが嬉しくて、僕は本当に幸せだ。
マーサさんと僕の秘密の練習も続いている。
油を塗った指で周囲をもみほぐしてから、細い棒を差し込む。だんだんそれを太くしてよく開くようにしていくのだ。最初は恥ずかしくて気持ち悪くて、何度も泣いたけど、もう最近は指二本分くらいのが入るようになったし、中に気持ちいいというか不思議にビリビリする場所があるのもわかった。でもご主人様のを受け入れるのはまだ無理みたい。
最近は早くご主人様に本来の目的を果たしてもらえればいいなと思う。
昼間はほとんど一緒にいられない。お側によることもできない。その顔が見られない。それが寂しくて、少し辛い。
こんな事を望んではいけないのに、少しでもご主人様と一緒にいたいと思うようになってきたのだ。
他に何もしていないのに、ちゃんととても豪華な食べ物ももらい、清潔で綺麗な服を着せてもらい、柔らかいベッドで寝かせてもらえる。時々他の人には嫌な顔はされるけど、多分お母さんがいたらこんなかんじなのだろうと思うマーサさんも優しい。これ以上ないくらいいい生活をさせてもらってるのに……。
何なのだろうか、この乾きは。
ご主人様が僕の名前を呼び、その側にいられる時だけ癒されるこの乾き。
昼間は寂しくて暇なので、少し部屋のある階を歩きまわっていた時だった。
バルコニーに植えられた鉢植えの花がとても綺麗だったので、それを見てたら数人の若い侍女がやってきた。別に盗み聞きしようとか、そんな事は思わなかったし、僕と目が合ってから大きな声で彼女達は話し始めた。
「毎晩毎晩王子も物好きだわ、あんな気味の悪い子にご執心だなんて」
「すぐに飽きられるわよ。今は新しい人形が手に入ったから珍しいだけよ」
「でも、あんな顔しても男でしょ? ああ、やだ汚らわしい。しかも鳥族じゃないの」
「ちょっと、聞こえるわよ」
うん、聞こえてるよ。それにチラチラこっちを見て喋ってるんだから、聞こえるように言ってるんだろうけどね。
「いいじゃない。あのイヤラシイお人形は男だから子を産むこともないし、殺してしまっても奴隷だもの。上の王子のように何人もの側女を孕ませて世継ぎ問題をこじらせるより」
「それはそうだけど。ねえ知ってる? あの子の背中の羽根は鳥族の間では破滅を招く不幸の象徴なんですって。それに真っ黒でしょう? 縁起が悪いわ」
「まあ、縁起でもない。もし王家や王子に何かあったらどうするのかしら?」
「そんな不吉なもの、切り落としてしまえばいいのに」
僕は人に詰られるのも蔑まれるのも慣れてる。でもご主人様のことまで悪く言われるのは嫌。自分の事より悲しくなる。
何も言い返してはいけないし、もう聞くのも嫌だったから走って自分の部屋に帰って泣いた。マーサさんには心配をかけてしまったけど、理由は絶対に言わなかった。
違う国に来たら、僕の羽根はどうってこと無いって親方も言った。ご主人様は僕のこの羽根が好きだって言ってくれた。でも、でも。
やっぱり僕は周りの人を不幸にするのだろうか?
僕はご主人様が不幸になるのだけはいや。そう思った時、このいつも感じている乾きの正体を知った気がする。
どうしよう。僕、ご主人様が好き。こんな気持ち抱いちゃいけないのに。
ましてやご主人様はこの国の王子様。僕の手の届く人じゃない。
だけど。
好きで好きで大好きで、ううん、好きなんて言葉では言い表せない。その名前を、顔を思い浮かべるだけで体の奥が温かくなるし、悲しくないのに涙が出て、胸が痛くて。この気持が人を愛してるってことなんだろうか。
ユシュル様、ユシュル様。
でも僕はそれは絶対に口に出してはいけないんだ。
他の使用人はご主人様でなく名前で呼ぶけれど、どうして親方が僕にご主人様の名前を呼ぶなと言ったのか、今ならわかる。
愛しくて、切なくなるから。愛していると気がついてしまうから。
だから僕は出来ない、その名を呼ぶことも、愛していますと言うことも。
『物が主人を愛してはいけない』
そう、僕は人ではなくて物だから。
他の人が言うように、僕はご主人様の人形だから。
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