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第一話

2014/11/27 14:39

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 鳥は目を開けて最初に見た顔を愛すべき人、親だと認識するのだとじっちゃは言った。卵から孵って目が開いた時、必ずそこに温めていた親がいるから。
 だけど。
 どこまでも青い空から白い花びらのようにはらはらと舞い落ちてくる羽根。それが僕の覚えている最初の風景。
 そこに愛すべき優しい親の顔は無かった。


「じっちゃ! じっちゃ!!」

 揺すっても骨ばった頬をピタピタしてもじっちゃは目を開けない。やせ細った枯れ木のような体はびっくりするほど冷たく、僕が泣いてたら必ず包んでくれた大好きな茶色と白の斑の羽根も持ち上がることもない。
 昨夜は普通にお休みって寝たのに。朝ちっとも目を覚まさないからおかしいと思ったらじっちゃが息をしていなかった。

「もう亡くなったのだ。離れろ汚らわしい」

 取り縋って泣くより無い僕を乱暴に引き離す手。そのまま突き飛ばされて壁にぶつかっても、誰も僕の方なんか見ない。

「お年を召されていたからな。安置所にお連れしてお清めをせねば」

 白い布を掛けられ、木の板にじっちゃの体が載せられるのをぼんやり見ていたが、急に怖くなって追いかけた。

「じっちゃを連れて行かないで!」
「うるさい! 触るな!」

 今度は蹴られて飛んで石の床に倒れた。その僕の顔を憎々しげに睨みながら踏みつける足。口の中に血の味が広がった。

「村頭のホノム様だから皆なんとか我慢していたが、お前のような忌み子を拾って来られた時から心配していたのだ。やはりその二対の黒い羽は不幸を呼ぶ破滅の印。近年の凶作で食べ物にも困る中、ホノム様は自分が食べずとも皆に分け与え、お前まで養っておいでだったのだ。病に伏されたのも仕方がない。お前が殺したようなものだ」
「僕が……殺した?」
「そうだ。もうお前を庇ってくれる者は誰もいない。さっさと村を出て行ってくれ。そうすれば凶作も収まるだろう。これ以上の不幸を呼ぶ前にな!」

 僕がいたら皆が不幸になる……じっちゃ以外の人はいつもいつもそう言って来た。
 このあたりの村はほとんどが白っぽい羽根の鳥族。親は誰だか知らないけれど、じっちゃ……村頭のホノム様がどちらも白い羽根だったと言っていた。でも僕は真っ黒。黒いだけならそう嫌われはしなかっただろう。

 昔々、この世界を作った神様が、世界の四つの陸と海から一番強い種族を選び力の石を授けた。一つの陸からは鳥を、二つ目の陸からは蛇を、三つ目の陸からは猫を、四つ目の陸からは犬を、海からは魚を。選ばれて、力の石を授かった者はその光を浴びて、神に近い姿になった。二本足で歩き、言葉を喋り、物を作り出せる知性を身につけた……じっちゃが読み聞かせてくれた本にそう書いてあった。
 鳥族は今の姿になっても腕に羽根が生えている。大空を飛ぶことは出来ないけれど、羽ばたけば高く浮くこともできるし、他のどの種族よりも身が軽い。翼が腕になったのだから羽根は一対だけのはず。でも僕は生まれつき背中にもう一対、腕ではない羽根がある。これは大昔から鳥族の間では凶兆とされて、破滅を呼ぶと恐れられているのだ。その上真っ黒……。
 なんとかこの歳まで生きてこられたのはじっちゃが僕を庇って育ててくれたからだ。でもその唯一の人が亡くなった。

 追い払われるように何も持たず、僕は外に飛び出した。
 日差しが眩しくて目が開けていられなかった。
 まだ日が暮れていない明るい時間、じっちゃが生きていた時はほとんど外になんか出たことがない。小さい頃に出て石を投げられたり棒で叩かれたりして以来、陽のあるうちは家の中だけが僕のいていい場所だったのだ。
 途端に村の人に囲まれた。女の人達は子供を連れて逃げていった。体の大きな男だけが僕を追い詰めるように囲む。

「で、出て行くから! 今すぐ出て行くから通して!」

 でも通してもくれない。じりじりと僕を囲む輪は小さくなってくる。手には木の棒や縄。縛って叩こうって思ってるのかな?
 もう何も言えずにただただ手を胸の前で合わせてお願いした。出て行くから、消えるから何もしないで通してと。
 男達はおかしな顔で、僕をじっと見てる。明るいところで僕をよく見たのは多分皆はじめてだろう。

「へえ、羽根さえ見なきゃ、えれぇ美人だったんだな、コイツ」
「出てっては欲しいけどよ、なんか勿体無くねぇか?」

 なんだか目つきが怖い。これから殴ったり蹴ったりされるというのでもなく、何か違う恐怖を感じる。
 隙をみて走って逃げた。村と外を隔てる囲いを超え、街道に出ても男達は追いかけてくる。

「待ちなよ、挨拶もなしに行くのかよ」

 じっちゃの家の中以外そんなに動いたこともない僕は体力がない。走り疲れてすぐに追いつかれてしまった。
 村外れの草むらに引きずり込まれ、のしかかられて地面に押さえ込まれる。畳んだ背中の羽根が地面に押し付けられて痛い。折れちゃう!

「何だろうな、この変な感じ。コイツ見てるとおかしな気分になってくる」
「男だけどよ、まあいいか」

 ビリビリっと服が破れる音が聞こえた。

「やっ……!」
「どうせホノム様の老体に毎晩抱かれてあんあんいわされてたんだろ? でもなきゃお前みたいなのをおいとくわけないもんな」
「じっちゃは僕に何もしてない!」

 僕の事を悪く言うのはいい。でも僕が親の代わりに慕っていた人を悪く言われるのが嫌だった。
 手も足も押さえつけられて、気がつけば下着まで全部破り取られていた。怖い、怖い……何をするつもりなの? 

「見ろよ、日にも当たってないから真っ白だぜ」
「たまんねぇな」

 変な息をしながら、明らかにおかしいギラギラした目で僕を見る男達が怖くて動けなかった。ざらざらした手が内腿や胸を撫でる。気持ち悪くて吐きそう。
 村の男の一人が自分のズボンを脱ぎ始めた。一番体の大きな偉そうな男。ええ、本当に何をするつもり?
 わけがわからなくて、でも怖くて目を閉じると、足を大きく広げられた。

「なに……するの?」
「おめぇ、本当に何にも知らねぇのか? はっ、こりゃいいわ」
「よーく教えてやるからな。大声出すんじゃねぇぞ。なぁに、蹴ったり叩いたりしねぇ。もっといいことだ」
「いいこと?」

 何だろう、蹴ったり叩いたりされないのはいいけど、でもなんだか酷く怖い。

「おい、足押さえてろ」

 ぐい、と更に足を広げられて腰を持ち上げられた時、急に全員が僕から離れた。ガタガタと街道を行っていた馬車が止まり、誰かこっちに走ってくる。

「大勢かかりで昼間っから何やってんだよ」

 長閑な男の人の声が聞こえた。

「たすけて!」

 なんとか声を絞り出すと、走ってきた人は僕を見てから、男達に向き直ってちょっと怖い声を出した。

「お前ら……こんな子供に酷いことを」
「まだ何もしてねぇよ! コイツは破滅の忌み子だ。きっとこうやって色気で人を誑かして人を不幸にするんだ!」

 僕……別に色気で人を誑かそうなんて思ったこと無いのに……。

「コイツ犬族の人買いだぜ。丁度いいや、連れて行ってもらおうぜ。」

 じりじりと後ずさる男達。ズボンを脱いでたのは、慌てて引っ張りあげてる。

「おーい、この子はどうするんだ?」
「人買いだろ、タダで連れて行け! そんな忌み子、二度と村に入れるか!」

 言い残して村の男達は走り去った。

「……ったく、なんて奴らだ。大丈夫か?」
「うん……」

 起こしてもらって、立ち上がったのはいいけど服も何もボロボロで着てないに等しい。恥ずかしくてしゃがみこむと、助けてくれた人は、自分の着ていた服を僕に掛けてくれた。でも背中の羽根は邪魔になるので僕は普通の服が着られない。困ってると、乗ってきた幌馬車から大きな布を持ってきてくれて、体に巻いて首のところで結わえてくれた。女の人のドレスみたいだけど、似合うと言われてちょっと嬉しい。

 体は大きいけど優しそうな愛嬌のある顔をしたおじさんだった。腕に羽根がないし、頭に耳とお尻に尻尾がみえるから犬族なのだろう。

「怖かっただろう。もうヤられちまったか?」
「え? 何を?」

 よくわからなかったので首をかしげると、おじさんは大きくはぁ、と息をついた。

「……無事だったみたいだな。ったく、こんな何にも知らない子供をあんなに大勢で。碌なもんじゃねぇな、この村は」
「それは僕が……ほら、こんな見た目だし。不吉だって嫌われてるから。あの人達のせいじゃないよ」

 背中の羽根をぱたぱた動かすと、もう一回おじさんはため息をついた。

「二対羽根か……確かに珍しいけどな。連れて行けって言ってたが、おじさんはさっきの奴らも言ってたが人買いだ。いいのかお前?」

 どうせもう村には戻れない。じっちゃがどうなったのか気になるけど、もう会わせてももらえないだろうし。
 僕は村を出てきたけど、考えてみたら行く宛なんかない。お金の一つも持たず、どうしたらいいのかわからない。もしこの人がいいなら、僕を連れて行ってくれたら嬉しいのに……。

「ねえ、人買いって何?」
「色々借金したり生活が苦しくてもう売るものが体しか無いってのを、俺が買い取るのさ。そしてそいつらを仕事の働き手として売る」
「ふうん。じゃあ一緒に行ったら僕も売るの?」
「どうすっかな、お前は買ったわけじゃないし……だが、鳥族では忌み嫌われるその姿も、他の種族から見ればどうということもない。元々見た目が豪華で華奢な鳥族は好まれる。その中でもお前は色々と珍しいから欲しがる者は大勢いると思うぞ」
「そうかな?」
「ああ。鳥族の国エローラにいてもいいことなんかありゃしないだろ? さっきみたいに危ない目にもあう。だったら違う国で金持ちの猫やら蛇のご主人に買い取ってもらえれば、多少仕事はきつくても食わせてもらえるし、羽根さえ気にしなきゃ稀に見る美しい容姿だ。上手くいけば危険な労働なんかしなくても可愛がってもらえるぞ。どうだ、一緒に来るか?」

 僕は気味が悪い、近寄るなとばかり言われていたので、自分の事を美しいと言われてもぴんと来なかったが、でもなんだかいい話のようで、うんうんと頷いておいた。違う国か……いいなぁ。

「よし。じゃあ一緒に行こう。ところでお前幾つだ?」
「十六」
「鳥族の成人は十五だったな。何も知らないしもっと子供かと思ってたが。どうせ学校にも行かせてもらってないんだろ? 字は書けるか?」
「うん。名前だけなら書けるよ」

 外にでると虐められるからって、学校というところには行ってないし、ずっと閉じこもっていたので僕は物知らずだ。でも自分の名前くらいは書けるようにと、じっちゃが文字を教えてくれたので、少しだけ書けるし読める。

「ここに名前を書きな。契約書だ。書いたら俺の事は親方と呼びな」
「はい!」

 僕は何だかんだで、いつもいい人に拾ってもらえるから本当はついてるんじゃないだろうか。村で育ててくれたじっちゃも優しかったし、この人もおじさん達に囲まれて怖かったときに助けてくれた。
 誰かこんな僕でも買ってくれる人がいるのだろうか。どんなご主人の所に行けるんだろう。一生懸命働くからもう捨てないでほしいな。

「クレノいうのか。ふーん、いい名前だ」
「じっちゃがつけてくれました、親方」
「よし、じゃあクレノ行こうか」

 僕が名前を書いたのは奴隷として売られても文句は言わないという誓約書だったというのを知ったのは随分と後のことだが、別に問題はない。むしろ親方に感謝するだけだった。


「売り物同士で交わったりしないようにな。クレノは格好の獲物だ。悪いな、ちと狭いが我慢しな」

 荷馬車で移動する間、座ってないと頭をぶつけるほど狭い檻に入れられても全然平気だった。他にも荷台には幾つかの檻があって中に色んな種族の人達がいた。皆暗い顔で、泣いてる人もいる。

「お前、本当に馬鹿だな。奴隷として売られていくんだぜ? しかも金が手に入るのは親方だけで俺らには関係ない。何でそんなに嬉しそうなんだよ」

 隣の檻の虎の顔をした先祖返りさんが言う。たまにこういう顔まで獣で生まれてきた先祖返りがいるらしいけど、猫族では珍しくないみたい。

「だって欲しいっていう人がいてくれたら嬉しいもの。お仕事ももらえるし」
「……お前みたいなのは性奴隷だろうけどな」

 意味はよくわからなかったけど、なんでもいい。僕も売れるといいな。

 その後、幌馬車で二日かけて蛇族の国セープという国に入った。大きな町の外れの親方の店だという建物に入れられ、移動用よりは大きな檻うつしてもらった。毛布もトイレもあるし、ちょっとした部屋をもらったもみたいで嬉しい。ゴハンもちゃんとくれるし、順番に水浴びで体も洗えた。

 夜になって、酒瓶を片手に親方が呼びに来た。

「クレノ、いいお客に買ってもらえるように俺と練習しような」

 とても優しく言われて、連れて行かれたのは親方の寝室だった。

「練習?」
「そうだ。お前に他の犬族や猫族のように炭鉱や工事現場で力仕事は出来ないだろう? でも何か一つくらい得意な事を身につけておかないとな」

 うわぁ、親方はなんて頭がいいのだろう。

「何の練習をすればいいのですか?」

 尋ねると、立ってる親方が僕を自分の前に跪かせた。そしてベルトを引き抜き、自分のズボンと下着を下げた。

「ご奉仕の練習だ。ほれ、俺のこれ、口だけで気持よくしてみな」

 自分の男根を指さし、それから僕の口を指さした。

「く、口でですか?」

 ここはおしっこをするところだし……。

「男はな、ここで子供を作るんだよ。それくらいは知ってるな?」
「は、はい……」

 じっちゃが教えてはくれたし、ここを刺激したら気持ちよくなるというのもなんとなく聞いたことはある。でも口で……?

「奴隷は物だ。主人より汚い存在だと思われてる。女なら別だが、余程のことが無きゃ褥に上げてはもらえないし、生身で抱いてはもらえない。大事にしてもらいたかったら技を磨け。俺が練習台になってやる」

 ぴんと立った大きなモノ。自分のちいさなモノとは全然違う青筋の立ったものにそっと顔を寄せる。躊躇ってると、頬を押さえて口を開かされ、頭をぐいと押し付けられた。つんとした匂いと、少し青臭い臭いがした。

「うぐっ……!」

 つるりとした先が口の中に押し込まれる。

「ほら、もっと口を開けて。歯を立てちゃ駄目だ、歯を抜かれるぞ。舌を使うんだ、舌を」

 気持ち悪くて吐きそうで涙が出る。

 でも、僕には余分な羽根以外何もない。親方に従って何とか一つでも身につけておかないといけない。


 ご奉仕の練習は毎晩だった。気持ち悪いのは慣れないし、なかなかすぐに気持ちよくなってもらえなくて叱られる事も多い。奥に突っ込まれると吐きそうにもなるけど、練習の間は檻から出してもらえるし、時々他の売り物にみつからないようにお菓子をくれたりもするから嬉しい。

 他の檻がだんだん空っぽになっても僕はなかなか売れないみたいで、そのまま練習は何日か続いたある日。

「ん……! 随分上手になったな。これならいつでも売りに出せるな」

 口の中に青臭いものを吐き出して、親方が満足気に僕の頭を撫でた。

 ちょっと気持ち悪いけど飲み込むのも慣れた。嫌な顔をするとご主人様に失礼だからと言われたし、何より上手になったって褒められて嬉しかったから笑顔を作って見上げると、親方はじーっと僕の顔を見たまま何も言わなかった。

「やっぱり駄目ですか? もっと練習しないと駄目?」
「……違う」

 親方は悲しそうな目で僕を見て小さく首を振ってから、ぎゅっと抱きしめた。大きくて温かい腕にすっぽり包まれると気持ちいい。

「なんでそんな無垢な目でいられる? 生まれた時から蔑まれ、こんな酷い目にあってるのに、なんで笑っていられるんだ?」

 ええと……なんでだろうね。でも今は幸せだから笑えるんだよ? さっき上手にできたって褒めてくれたし、親方は優しいし。

「クレノ、お前が破滅の子だと言われるのがわかった気がするよ……お前を見てると自分だけの物にしたくなって仕方がない。商売物には手をつけないのが俺達の約束だが、もう金も仕事も何もかもどうでもいいほどお前が欲しくなる。気が狂いそうなほど」

 親方、どうして震えてるの? そんなにぎゅーっとされたら苦しいよ。

「やっぱり売りに出すぞ? 俺の気が確かな内に……そうでないと……」
「親方?」
「実は一人お前を欲しいという方がいてな。明日見に来る」
「本当ですか。わあ、気に入ってもらえるように頑張ります!」

 僕の両肩を掴んで少し距離を置くと、親方は少し厳しい顔になって言った。

「いいか、何を言われても、何をされても絶対に文句は言っちゃいけない。主人に意見することも、そして特別な感情も抱いちゃいけない。奴隷は主人の物なんだ。物が主人を愛してはいけない。主人を名前で呼んではいけない。これだけは絶対に守れ。そうすればもう悲しい思いをすることは無い」

 親方のその言葉を、僕は心にしっかりと刻んだ。僕は物でもいい、もう捨てられたり悲しい思いをするのは嫌だから。物になってしまえばきっと楽だと思うんだ。道に転がる石ころは踏まれても痛いって言わないのと同じで、僕もそうなってしまえば。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13