2014/11/27 14:33
page: / 1
「お前……の、ことは、その……」
余程緊張しているのだろうか。途切れ途切れに、ようようという体で彼は声を絞り出した。
首まで真っ赤になってるのも、いつもきっちり整えている髪が乱れてるのも可愛い。怯えたように見上げる目も、震える口唇も何もかもが僕を煽ってるようにしか見えないよ?
「僕の事は、何?」
「き、嫌いじゃない。どっちかというと……好きだ。好きだ……が……」
ああ! そのセクシーな声で好きと言ってくれた! 天にも昇る気持ちだよ。
「じゃあ問題ないじゃないですか。僕も好きですよ」
「いや、でも……これはマズイだろう」
「何がですか。大人なんですから同意の上でなら問題ない。それに会社から一歩出ればプライベートタイムです。誰も文句を言える権利はありませんよ」
「いやいやいや、そうでなくて!」
「先に誘ったのはそっちですよ? 今更無しとは言わせませんから」
いつも飄々と難しい決断もさらりとこなしてしまう彼には珍しく引腰だ。どうしてジリジリ逃げようとしてるのかな? さっきまであんなに自然にキスして、ベッドに誘ったくせに。
やっぱり急に怖くなったとか? まさか、若い女の子じゃあるまいし、それはないだろう。
「ほ、ほら! お前も酔いも覚めて大丈夫みたいだし。帰って熱帯魚に餌やらないと」
「この前サーモの故障で魚が全滅したってぼやいてたじゃないですか」
「……」
往生際が悪いよ。僕はもうスイッチ入りましたから、今更無しなんて言わせません。帰すものですか。ええ、ここは僕の部屋。そしてベッドの上。やっとお目当ての蝶を巣に引き込んだ蜘蛛に、お預けなんか出来ないのだから。
しかも据え膳ですよ? 食いますよ、美味しくいただきます。
「逃がしませんよ」
そろそろ覚悟を決めていただきましょうか、川辺課長。
二年間抑えこんでいた俺の想い、やっと遂げられて嬉しいです。今やっと一つになれるんです! いっぱいいっぱい愛してあげますよ。優しく出来るかどうかはわかりませんが。
*********
どうしてこうなった。
イマイチ冴えないウチの部署だが、今月は非常に営業成績が良かった。中でも入社二年目の若手の野田君が頑張ってくれた。
野田君はいまどきの若者らしく、スラっと背も高く手足も長いし、顎の細いシュッとしたイケメンと言われる見た目だ。さぞ女性にモテるだろうが、大人しく真面目な彼は社内ではそんな素振りも見せない。
彼が入社した時は俺も単身赴任で来てすぐだったが、その頃からずっと雛鳥のように後ろをついてまわる野田君には目をかけているつもりだ。
……というか、野田君は部下だという以上に酷く気になるのだ。時折見せる表情や仕草に何度どきっとした事か。これを恋愛感情や欲望と認めたくは無かったのだが、多分そういう目で見ていたのは確かだと思う。
すまん、実は何度か野田君を想像して果てたことがあるのは秘密だ。
今日は上に褒められたのと、野田君の頑張りを労おうと飲みに誘った。社の行事や他にも何人かとは数回一緒に飲みに出たことはあるが、二人きりでは初めてだ。
「地道に頑張っている野田君は本当に偉いと思うぞ」
「そんな。川辺課長の指示が的確だからですよ」
居酒屋で軽く飲み食いして、その後少し静かなバーで飲み直した。今日は金曜夜。明日明後日と休みだし、野田くんは独身、俺は単身赴任で待つ家族もいない。遅くなったところで誰に咎められることもない。
ジャズが流れるやや暗い店内で、何話すでもなく一緒に飲んでいた。俺は後二年で五十の声も聞くおっさんだし、まだ大学を出て三年も経たない野田君と、何を話してよいのかわからん。自分ではまだ若いつもりでいても、社内の若いのとは確実にジェネレーションギャップを感じ始めている今日このごろ。なんとかこう、和やかに行きたい。
「野田君は休日は何をして過ごしているんだ? 趣味とかは」
お見合いかよ、そう自分にツッコミを入れたくなるな。
「これと言って趣味は無いです。ドライブしたり、たまに映画見たり。ああ、でも料理が好きなので家で料理したりしますね」
「へえ、料理か。エライなぁ、俺はてんでダメだ」
単身赴任も長いが、面倒でついレトルトと外食の世話に頼っている。たまに休みに帰っても、受験生の娘が嫌そうな顔をするので嫁に盆正月以外帰ってくるな宣言され、最近は長く家庭の味など食べてはいない。元々嫁もそんなに料理は上手く無いけどな。
「今度僕が作ってあげますね。駄目ですよ、外食ばかりは体に悪いです」
「楽しみだな。いや、でも付き合ってる彼女とかいるだろ? 野田君はイケメンだし、そんなにマメならモテるんじゃないのか?」
「付き合ってる女なんかいませんよ」
「またまた。俺が女だったら放っておかないと思うがな」
意外。よし付き合ってる女はいないんだな。で、何で俺はホッとしてるんだろう。だが、その後の彼の言葉でやや萎んだ。
「好きな人は……います。でもなかなか告白できなくて」
「……そうか」
好きな人がいるのか……。まあそうだな、それが普通の健康的な若者というものであって。ここは先輩らしくアドバイスなど!
「思い切って言ってみたら、案外すんなりいくかもしれないぞ?」
「そうですかね?」
「ああ。野田君みたいないい男を振るやつはいないと思うぞ」
やや痛い心でそう言うと、野田君はなんとも言えない、照れたようなはにかんだような笑いを浮かべた。ああ、いいな、その笑顔。
まあアレだ。妻子もあるおっさんが、好きな娘に告白もできないようなこの若者にイケナイ感情を抱くことが間違いなのだ。間違いを犯さなくていっそよかったのかもしれないと思いつつ、グラスをあおる。
そろそろ帰ろうかと思った頃。
「……少し酔ったみたい……」
野田君が突然俺の肩に頭をもたせ掛けて来た。
ど、どうしよう。すごくドキドキしてしまうが? だが努めて動揺を見せないようにしないと!
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「んー、もう少しこのままで……」
またドキドキ。甘えてるっ! 酔った勢いなんだろうが、もたれかかった頭をスリスリして甘えてるうぅ~! やめてくれ野田くん。折角諦めがついたというのに……。
「課長の首筋、親父と同じにおいがします」
「どうせ加齢臭漂ってるよ。悪かったな」
微妙にムカっときたかもしれない。まあもう慣れてるからどうってことはないが。
「でも嫌いじゃないです、落ち着きます……」
ぴっとりくっついて、指先で俺のネクタイをいじり始めた。うわ、なんだこの可愛い仕草。
上目使いで見上げる、ほんのり頬を染めた野田君のとろんとした目。なんて色っぽいのだろうか。睫毛長げーなー。
うーん、なんかイケナイ気持ちがムクムク復活して来たかもしれない。いかんいかん、か、可愛いけど男だし。部下だし。歳、ほぼ半分だし、好きな子がいるって言ってたし……。
「ほら、帰って寝ような。歩けるか?」
「はい……」
店を出ても野田君は俺の腕に掴まったまま。やや周囲の目は気になったが、酔っぱらいの多いこの時間、そう珍しい眺めでもない。子供みたいにホカホカしてるな。立つと俺より背が高いんだが、最近腹回りが緩んできた俺よりも随分とスマートだ。
「酔わせてしまったな。大丈夫か?」
「大丈夫ですよぉ……でも……ちょっとふわふわしますぅ」
呂律が怪しい。あんまり大丈夫そうじゃないな。帰りに事故にでも遭われたら大変だ。
「家まで送って行こうか?」
「わあ、嬉しいですぅ……」
あー、何だろう。ホントヤバイな。ムラムラしてきた。俺も酔ってるのかもしれんが、男だったってコイツならやっぱり大丈夫な気がする。
いやいや! 落ち着け、平常心だ。俺には妻子がいる、そしてコイツには好きな子がいる。送り狼になどなっちゃいかんのだ!
くう、キビシイな……。
マンションについた頃には、少ししっかりしてきた野田君に安心して……というよりこのままイケナイおじさんになってしまうのを防ぐため、早々に帰ろうとしたのだが
「……帰らないでください」
何故か彼はくっついたまま離れず、仕方なく部屋にお邪魔した。
男の一人暮らしのわりに、綺麗に片付いた部屋だった。料理が趣味なくらいだ、やはりマメなんだろうな。
勧められたソファーに掛けた俺の前に、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲んでスッキリした顔で野田君がいきなり正座した。
「課長!」
「な、何だ?」
ああ、またドキドキするじゃないか。心不全にでもなったらどうしてくれる。改まって何だ。とろんとしてた目が今度は据わってるし。
「僕、決めました。思い切って告白します! 思い切って言ってみたら、案外すんなりいくかもしれないって課長もいってくれましたし!」
「お、おお。頑張れよ……」
何だよ、ただの決意表明かよ。
「好きです!」
「はい?」
ちょっと待て。今度は俺が練習台なのか?
「いやぁ、野田くん。おじさん相手に女の子への告白の練習をしても……なぁ」
「違います! 本気なんです! 好きなんですっ!」
「はぁ?」
って、なぜ飛びついて来るのだろうか? これ、まだ酔ってるのかな? 結構マトモに見えているが、もう俺だってわからないほどの泥酔なんだろうか。
「苦しいのだが、野田くん」
「僕が、僕が好きなのは貴方です、課長!」
……。
なんか、今心の中で何かが軋んだ気がする。
ええと……はいいいいぃ?!
「僕ね、いつも課長の事想像して抜いてたんですよ」
そんな生々しい告白はしなくていいと思うぞ。いやまあ、人のことは言えないけど。
「……正直に言うと俺もだが……」
「ええっ! 本当ですか! 嬉しい」
いや、そこ喜ぶところじゃないと思うのだが?
しばらく見つめ合って、自然に口唇が重なった。想像通りの柔らかい口唇の感触。抱きしめあってしばらく貪るようにキスを続ける。
「……いいかな?」
「……はい」
肩を抱いて彼のベッドの方に移動する。一人暮らしの若い男のベッドにしては、散らかっているわけでもなく綺麗にシーツも整えられている。
無言で二人でベッドに腰掛け、互いにネクタイを緩める。いい子だ、優しくしてあげるからーとおじさんは意気込んでいたのだが。
ぐるん、と景色が回り、押し倒すはずが押し倒されていたのに気がついたのは直後の事だった。
「課長が積極的で嬉しいです」
俺の両手首を押さえ、上から覗き込む野田君の顔が妖艶に笑った。
「ねえ、課長。別に遊びのつもりでも大人なんだから僕は構いませんが、正直に聞きたいです。課長は僕の事を本当はどう思ってます? 仕事のことじゃなく、個人的にね」
「え?」
ちょっと待て。俺が下? いやいやおかしいだろう、どう考えても。
「お前……の、ことは、その……」
どうしてこうなった?
***************
「や……やめっ……!」
「ああ、その声も素敵です」
全身くまなく、丁寧に撫でてあげるね。どこが一番感じるのかな?
「せ、せめてこれ、外して……んぁ!」
嫌だよ外してなんかあげない。折角逃げられないように手首を縛ったんだから。ふふ、ネクタイで手首を縛られてワイシャツはだけてバンザイしてるのってすごくエロくて素敵。
つい、とお臍の下あたりからまだ下着に隠れてる本当の彼のいる場所まで続いてる、黒々した毛の上に指を滑らせるとぴくりと震える。感度いいね、課長。
何もかも素敵。夢に見ていたとおり。この柔らかいお腹の感触も、ちょっと毛深い胸も。
「まさか思いが通じて本物を抱けるなんて」
既にベルトを外し、誘うように開いてるジッパー。もう待ちきれない。裾を掴んで引っ張ると、すぽんと綺麗に抜けた。わあ、やっぱり想像通りの素敵な足。いいね、その子持ちししゃもみたいなふくらはぎ。
恥ずかしげに抵抗する足を開いて膝で押さえると、
「の、野田くん、落ち着こう! なあ、おかしいぞコレ! 逆っ!」
「何が逆なんですか。ああ、後ろからがいいですか?」
「ちが……っ!」
課長恥ずかしがり屋さんなんだね。顔が見えるのが嫌なのかな。僕はずっとその顔を見ていたいのに。
でもお望み通りくるんとひっくり返してあげると、突き出したお尻がある意味大胆だったので許してあげる。そそりますよ、その格好。
「可愛いパンツ履いてますね川辺課長」
まさかスーツの下が赤のトランクスで、お尻にリボンつけた白いネコちゃんが描いてあるとは思いませんでした。仔猫ちゃん。まさに今の課長にぴったりじゃないですか。そうか、遠慮しなくても元々そういう人だったんだ。
「しまったー! 今日は娘が送ってきたやつを履いて……っておおぅ!」
ぺろん。大事な所を守る仔猫ちゃんにさようなら。ああ、見えました。課長のお花。
「社内には内緒にしておいてあげますよ。パンツの柄」
あ、なんか急に抵抗しなくなった。そうか、覚悟を決めてくれたんだな。
「大事に大事にしますから、ね?」
えくぼのあるお尻の真ん中の可愛いお花をちょんとつつくと、愛しい人はビクリと震えた。
僕は今、最高に嬉しいです。
二年前に初めて声を掛けてくれた時から、ずっとずっと好きでした。その人が今日は僕の事を好きって言ってくれたから。こうして目の前にいますから。
帰って寝ようって言ってくれたし。僕を振る奴なんていないって言ってくれたし。思い切って告白してみたら案外あっさりいくって言ってくれたし。本当にそうでした。
ああ、やっぱり課長はすごいな。
朝にはお料理もするからね。美味しいご飯を作ってあげます。楽しみにしてくれてるんですよね。
だからゆっくり……ね。
page: / 1