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9:天才って変

2014/10/15 11:11

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「……GTTACACTT……ここでまたO……AAGTTCTTG……」
「もっと早く! 次イヌ18番」
 ……ぜえぜえ。うう、もう30分くらいこうしてるかしら。喉がからから……院生時代を思い出すわ。本当にこんなんでわかるのかしら。そもそも頭の中でイメージなんか出来るものなのだろうか?
 いやいや、それより怖いのが省いてこんだけだけど、最初しれっと60億とか言ってたわよね。それも覚えてるってこと? しかも覚えてる基本データって何よ。どのパターンでも対応できるってコト?
 当の本人は足を組んで頬杖をついて目を閉じて聞いているだけだ。私が読むのに合わせて足が少しリズムを取っている。まるで音楽を聴いてるようだ……こんな殺伐とした内容なのになんとなく楽しそうにすら見える。今、彼の頭の中ではどんなマップが描かれているのだろうか。
 軽く一時間近く経ったあたりで、
「ちょっと待て」
 突然、彼の目が開いて手が挙がった。た、助かった……。
「これ……誰のデータだ?」
「だからわからないってさっきも……」
「これって、たぶん……いや間違いなく俺のだぞ」
「はぁ〜〜〜!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったので、ロビー中の視線が集まった。
「医局から来た検体だって言ったよな?そういや4日程前に口の中に綿棒つっこまれて粘膜採集されたぞ。その地点で気がつくべきだった……」
 そこじゃないよ、そこじゃ!
「いや、それよりも自分の遺伝子の配列を覚えてることに驚いてるんですがっ?」
「……誰が俺を狼にしたと思う?」
「それはまあそうですが……」
 かといって普通は塩基配列まで覚えてはいない。そんなことはコンピュータの仕事であり、神様の仕事だ。もうここまで来ると、さすが天才とかじゃなく呆れる。普通の女性ならドン引きだろう……。いやいや、そもそもデート中に染色体の話まではしないわな。普通は。
「君が読めなかった部分は、再改造による部分だ。それも既存のA・Hからの再改造と違って完全にノーマルの成体からの改造は今のところ他に公には報告されてないから、データベースにある基本のデータと一致しないのはそのためだよ」
「なるほど……謎が解けました。ではその部分は無視してもよいという事ですか?」
「そう。3日もかかって気の毒だったけど」
「でも疾患があるって……どこか悪いんですか?」
「検体に直接訊いてどうする? それを調べるのが仕事じゃなかったっけ?」
 あ、ちょっと呆れられたぞ。そりゃそうだ。本末転倒だわな。
「さすがに自分のだと判った地点で、もし癌とか不治の病だったらどうしようと冷や汗モノだったが、その辺にも他の生理機能にも目立った異常は無さそうだったのでまあ良かったけど」
 どうも、さっき言ってた基本データとの照らし合わせまでやってたらしい。
 ……正直、コワイ。
「数箇所思い当たる部分があった。難病と言えなくも無いから……君じゃ無いけど自分の口からはとても言えないので、ヒントだけあげよう。ヒト由来の通常にある染色体だけで検証してみて。ちなみに生殖機能では無いから。誤解の無いよう」
 一応その辺りは気にするのね。
「わかりました。なんとなく目星はついてるので。助かりました」
 とはいってみたものの、まだ解せない。見た目は普通の(かなりの男前だけどもさ)人だし、他の隊員と同じようにいつも仕事してるし、冗談だって言うし、普通に食べるし、怪我をしたら痛いし……確かに10代で博士になった様な超天才なのは知ってるけど、ちっともそんな素振りを見せないこの人のどこに、そんな膨大なデータが詰まってるんだろう。
 私だっていっぱい勉強したけどこんな事は出来ない。そう思うと隣にいるのに遠い存在に思えた。
「どうかした?」
「いえ、何でも」
 それにさっき言ってたわよね。明日になれば噂は消えるって。どうやればそうなるのかはわからないけどそれはつまり、また関係ない他人同士に戻るということ。私は前から彼の事を知ってるし、随分前から好きとまでは行かないまでも憧れてた。でもおそらく彼は名前は知ってても、顔もどんな人間かも今日まで知らなかったはずだ。偶然とはいえ、こんなに近くに何時間も一緒にいて、ずっと触れ合ってて、一緒にしゃべって、一緒にお茶して……周りの勝手な思い込みとはいえ恋人同士という事にまでなってるのに……それは彼にしてみたら迷惑この上ない事だろうけど……それに仕事を手伝ってもらうという当初の目的も果たしてしまったし……。
 寂しい。なんだかものすごくさびしい……さっき感じたのは寂しさだったのか。
 すぐ隣にいるのに。肩が触れ合うほど傍にいるのに。ものすごく遠い存在―――。
「なんだか急に元気が無くなったけど……?」
 はっと気がつくと、またも目の前にアップが迫っていた。
 遠い存在がものすごく至近距離におりますがっ? ううっ、さすがに3回目なので少しは慣れたが、その瞳にはやられるわ〜。ああ、くらくらするぅ。
「綺麗な赤い髪。アーモンドみたいな茶色の目……」
 ん、長いぞ。そんなに穴が開くほど見つめないでくれる?
「あの……?」
「本当に可愛い……」
「……いや、だから見えないのはわかりますが……また悲鳴があがりますよ」
「もういいって言っただろ?」
 え? え?
 何で目を閉じるの? なんで今度は離れていかない……
「……」
 私も目を閉じた。
 ちょっと温かい、柔らかい唇。ほんの一瞬だけだったけど……
 きっとまた鼓動が早くなってるのが聞こえてるんだろうな。
「ごめん」
「……なんで謝るんですか?」
 返事は無かった。
 たぶん本人にもわからなかったんだと思う。その頭には天文学的な知識が詰まっていても、自分の気持ちを言葉で表現するのは苦手な、不器用な人なんだろう。
 もういいなんて言ってたわりに、なんとなく気まずそうに姿勢を正した彼はちょっと可愛かった。
 ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
 でもね、ものすごい話をした後にいきなりこうなるとは……なんかあまり色気無いぞ。この人らしいといえばらしいんだろうけど……

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まいるどタブレット小説 Ver1.13